書・概念・事例・現代の考え方が、どうつながるかを一望する。
兵法の図鑑は、書物を集めた「兵書と戦略書図鑑」と、クラウゼヴィッツの概念を集めた「戦争論図鑑」が、一冊の書をめぐって向かい合う形をとる。
孫子以外の六書をまとめて武経七書と呼ぶ。呉子は武侯との問答と「呉子曰く」で始まる論述が入り混じる六篇からなり、著者は戦国の将・呉起と伝わるが、生涯を記す『史記』はその兵法の中身には触れていない。六韜は周の太公望の撰と旧くから題されるが、維基文庫の解題は「詞意淺近,不類古書」と述べ、将軍という呼び名も周の初めには無かったはずだと指摘し、著者を佚名とする。同じ解題は、北宋の元豐年間に武学で『七書』の一つとして頒布された経緯にも触れており、偽作を疑いながらも記録として残すと述べる。七書には司馬法・三略・尉繚子・李衛公問対も並び、いずれも作者か成立かのどちらかが確かめられない書である。
日本の兵法書は三冊とも事情が違う。闘戦経は大江匡房の作と紹介されるが、著者も成立年代も確かな記録からは確かめられず、1970年の武道学研究誌の論文も、著者を大江維時と記すなど伝わる名が割れることを扱っている。五輪書は宮本武蔵が記したとされるが自筆本は残らず写本どうしに差異がある書、甲陽軍鑑は高坂昌信の口述という体裁をとるが成立の経緯に評価の揺れが大きい書で、どちらも武経七書とは別の読まれ方の難しさを持つ。
西洋の三書も性格が揃わない。戦略論はフロンティヌスが過去の指揮官の機略を主題別に並べた4巻の逸話集で、サイトの運営者も「古代の多くの著者と同様、フロンティヌス自身についてわかっていることは少ない」と記す。軍事論は衰えたローマ軍の立て直しを訴える実務の提言、戦争の技術は傭兵制への批判を対話に仕立てた書で、どちらも書かれた目的が逸話集とは違う。
「戦争論図鑑」の『戦争論』も、全8篇が三部構成の大著だが、クラウゼヴィッツ自身の覚書は、最初の六篇はすでに清書されているのに、なお「かたちの定まらない塊」で全面的な書き直しが要ると述べる(未完のまま遺された草稿)。第一篇は戦争の本質を拡大された決闘から説き起こし、第三篇では摩擦や奇襲のように戦場で実際に起きることへ話が移る。第六篇から第八篇では、防御という戦争の強い形式と重心が、守りと攻めの非対称さをめぐる中心の概念になる。
書物の側は著者や成立が確かめられないまま後世に読み継がれ、概念の側は著者自身が未完と認めたまま世に出た。どちらの図鑑も、各項目でよく言われる言い換えが原文からどれだけ離れているかを示す欄を置き、定まった答えを持たない草稿として読む構えを揃えている。
出典
- 資料・ドイツ語 clausewitzstudies.org(編者 Christopher Bassford、Werner Hahlweg校訂第19版に基づく) Carl von Clausewitz, Vom Kriege (1832), 全文版
- 資料・中国語 維基文庫 呉子(維基文庫)
- 資料・中国語 維基文庫 六韜(維基文庫)
- 論文 及川喜久男・中野八十二ほか(武道学研究3巻1号)(1970) 闘戦経に現れた剣道精神に関する研究
- 資料・英語 LacusCurtius(シカゴ大学、Bill Thayer運営。英訳はLoeb古典叢書, Charles E. Bennett, 1925年) LacusCurtius: Frontinus' Stratagems

















