六韜
武経七書(孫子のほか)
成立: 成立年代は確かめられない(仮託は前11世紀の周)
六韜は、周の太公望に仮託され、文・武・竜・虎・豹・犬の六巻六十篇からなる、武経七書で最も分量の多い書。
いつ・誰が書いたとされるか
『六韜』の旧い題は「周の呂望(太公望・姜子牙とも呼ばれる、周の建国を助けたという軍師)撰」とする。しかし、原文を収める中国語サイト・維基文庫の解題は「詞意浅近、類古書ならず」(言葉づかいが浅く、古い時代の書物らしくない)と述べ、周の初めに成立したという伝承に疑いをはっきりと向けている、という書き方をしている。
どんな構成で、何が書いてあるか
『六韜』は、文韜(11篇)・武韜(6篇)・竜韜(13篇)・虎韜(12篇)・豹韜(8篇)・犬韜(10篇)の六巻六十篇からなる。周の文王・武王と、軍師とされる太公望との問答という形式で書かれている。内容は、国をまとめる政治から、軍の編成、陣形、兵器の運用、地形ごとの戦い方まで幅広い。
中心になる考え
『六韜』の中心にあるのは、民の暮らしを安んじることを軍事より先に置く考え方である。そのうえで、軍の編成、武器の分類、地形ごとの戦い方までを体系立てて示す。武経七書の中でも、扱う範囲の広さがこの書の特徴として位置づけられている。文王・武王と太公望という、君主と軍師との問答形式をとる点も特徴の一つである。
作者と成立でわかっていないこと
太公望が著したという言い伝えが事実かどうかは確かめられない。1972年、山東省の銀雀山一号漢墓(前漢初期の墓)から竹簡が出土した。研究者・谷中信一の報告によれば、その中に『六韜』に当たる断簡(文字起こしで213片、竹簡89枚分に相当)が含まれている。前漢初期にはすでに、現行本に近い内容の兵書が存在していたとうかがえる。ただし竹簡本と現行の六十篇本との違いや、周の初めという伝承の真偽は確かめられない。
原文をどこで読めるか
六巻六十篇の原文は維基文庫で読める。