当てはまる所と、当てはまらない所を分ける。
知っている一句を手元の場面に当てるときは、四つを順に決める。まず句の出どころの書名と篇を確かめる。次に、その句に原文で付いている前提を書き出す。三つめに、手元の場面がその前提を満たすかを一つずつ照らす。最後に、満たさない所を書き残す。当てはまらない所を残さずに進めると、句が何にでも効く言葉に見えてくる。控える形は二行でよい。満たせた前提と、満たせなかった前提を分けて書く。
出どころを先に置く理由は、書名を取り違えたままでは前提も読めないからである。兵は神速を貴ぶという語は『孫子』の句として引かれるが、『三国志』魏書の巻十四に収められた郭嘉の進言「兵貴神速」である。太祖が袁尚と三郡烏丸を討とうとして易に至った場面で、郭嘉は輜重が多ければ利を取りにくいと述べ、荷を残して身軽な兵で進み、不意を襲うよう勧める。長い距離の襲撃で荷を減らす判断であって、速さ一般の心得として書かれていない。
前提の書き出しは、兵は詭道なりを計篇の並びで見ると分かる。『十一家注孫子』の計篇は、道・天・地・将・法の五つで比べ、「主孰有道」から「賞罰孰明」までの七つの問いで敵と味方の情を探る段を先に置く。「兵者,詭道也」はその後に来て、できるのにできないふりをするなどの十二の例が続き、「此兵家之勝,不可先傳也」で閉じる。比べる物差しを持っていることが、句の前提になっている。手持ちの札が互いに見えているボードゲームなら、この前提は満たせる。場に何が出ているかも分からない段では、満たせない。
当てはまらない所は、約束の範囲として現れる。彼を知り己を知れば百戦殆うからずは、謀攻篇の「故曰:知彼知己者,百戰不殆」の句で、続く二句は「不知彼而知己,一勝一負」「不知彼,不知己,每戰必殆」である。同じ篇は前の所で「是故百戰百勝,非善之善者也」と百戦百勝を退け、「上兵伐謀」から「其下攻城」までの四段の順位を置く(戦わずして勝つ)。原文が言うのは殆うからずで、勝ち続けることではない。観戦の予想に使うなら、両方を知る側が負けにくい、までで止める。
選べる手の幅も前提になる。軍争篇の六句は「故兵以詐立,以利動,以分合為變者也」の後に「故其疾如風,其徐如林,侵掠如火,不動如山,難知如陰,動如雷震」と並ぶ(風林火山)。速く動くことと動かずにいることが同じ並びにあり、同じ篇には「以治待亂,以靜待譁」の句もある。使い分けを言う句だから、速める手と待つ手の両方が選べる場面でしか当てられない。打つ手が一つしか残っていない詰めの局面は、その外にある。
費えが積み上がるかも前提になる。作戦篇は「久暴師則國用不足」「日費千金」と長引く戦の費えを並べたうえで、「故兵聞拙速,未睹巧之久也。夫兵久而國利者,未之有也」と置き、篇の終わりに「故兵貴勝,不貴久」と結ぶ(拙速)。待っても何も減らない遊びに、この句は当てられない。
交渉とゲーム理論の側でも、手順は変わらない。分配型交渉と統合型交渉の区別が、その例になる。分配型は、決まった量を分け合う形の交渉で、論点はふつう一つだけになる。統合型は、複数の論点を取り替えて価値を生める交渉である(ハーバード・ロー・スクールの Program on Negotiation)。同じ解説は、分配型に見えても準備と問いで論点を増やせる場合が多いと書き、分配型でも入念な準備が要ると述べる。見分けるのは論点の数で、立場と利害や合意可能領域(ZOPA)を持ち出す前に、論点を数える。
型の側の前提は、設定として書けるかで分かる。スタンフォード哲学百科事典の「Game Theory」は、分析を始める前にプレイヤー・戦略・利得を定める必要があるとし、各人が戦略を選ぶ時点で何を知っているかも設定の重要な一部だと述べる。利得の数は選好の順序を表すだけで、何かの量を測った数ではない。割り当てる利得は経験的な証拠に基づくもので、望む答えを出すために暗黙に変えてよい数ではない(同じ項目)。ナッシュ交渉解や交互提案ゲームの答えも設定から出たもので、設定が違えば答えも変わる。
やりがちな失敗は三つある。句の出どころを確かめずに当てる。約束の範囲を広げて読む。型の答えだけを覚えて設定を落とす。三つとも、当てはまらない所を書き残していれば気づける。
出典
- 資料・中国語 維基文庫(曹操ほか十一家注) 十一家注孫子 計篇
- 資料・中国語 維基文庫(曹操ほか十一家注) 十一家注孫子 謀攻篇
- 資料・中国語 維基文庫(曹操ほか十一家注) 十一家注孫子 軍爭篇
- 資料・中国語 維基文庫(曹操ほか十一家注) 十一家注孫子 作戰篇
- 資料・中国語 維基文庫(陳寿) 三國志 卷14(魏書・程郭董劉蔣劉傳)
- 資料・英語 Katie Shonk, Program on Negotiation at Harvard Law School What Is Distributive Negotiation?
- 資料・英語 Stanford Encyclopedia of Philosophy Game Theory










