司馬法
武経七書(孫子のほか)
成立: 春秋〜戦国頃(現存本は5篇のみ)
司馬法は、斉の将・司馬穰苴に連なるとされ、現存はわずか5篇にとどまる、軍礼としての性格を色濃く残す書。
いつ・誰が書いたとされるか
『司馬法』は、斉(春秋時代の国)に仕えた将・司馬穰苴(生没年不詳)に由来するとされる書物である。ただし、現存する内容が穰苴自身の著作なのか、後の人がまとめたものなのかは確かめられない。書名の「司馬」は軍を司る官の名で、穰苴の官職に由来するという。その事績は、歴史書『史記』の司馬穰苴列伝に記されている。
どんな構成で、何が書いてあるか
現存する『司馬法』は、仁本・天子之義・定爵・厳位・用衆の5篇のみからなる。仁本は戦いに先立つ道義、天子之義は軍の中での身分と儀礼、定爵と厳位は部隊の編成と号令、用衆は多人数の軍をまとめる方法を説く。現存する5篇は「武経七書」の一つとして今に伝わっている。百五十五篇あったという説もあり、現存する篇はその一部にすぎないとされる。
中心になる考え
『司馬法』の中心にあるのは、戦いを起こす前に守るべき道義や、軍の中での身分・儀礼についての記述である。実戦の技術を細かく説く書というより、軍というものを国家の礼の体系の中に位置づけて考える点に特徴がある。後世「軍礼」の書と呼ばれるゆえんでもある。武を礼の枠組みでとらえる、儒家的な色合いを持つ書とも言われる。
作者と成立でわかっていないこと
歴史書『漢書』の文献目録「芸文志」は、この書を「軍礼司馬法」百五十五篇として記録する。しかも兵書ではなく、礼を扱う六芸略・礼の項目に分類している。現存するのは5篇のみで、百五十五篇からどのように失われたのか、現存の5篇が元のどの部分に当たるのかは確かめられない。分類のあり方自体が、この書の性格を考える手がかりになる。
原文をどこで読めるか
現存5篇の原文は維基文庫で読める。