呉子
武経七書(孫子のほか)
成立: 戦国時代(仮託は前5〜4世紀)
呉子は、戦国の将・呉起の名で伝わり、内政の安定を軍事の土台に置く問答形式の書。武経七書の中で孫子に次いで重んじられてきた。
いつ・誰が書いたとされるか
『呉子』は、戦国時代に魏の武侯と楚の悼王という二人の君主に仕えた将軍・呉起(?〜前381年)の名で伝わる書物。呉起の伝記は、歴史書『史記』の中の「孫子呉起列伝」にあるが、そこには呉起の生涯の出来事が記されるだけで、兵法書としての中身には触れていない。だから、現存する六篇を呉起自身が書いたのかどうかは、この伝記だけからは確かめられない。
どんな構成で、何が書いてあるか
現存する『呉子』は、図国・料敵・治兵・論将・応変・励士という六つの篇からなる。魏の君主・武侯との問答という形式で書かれ、まず国をまとめる政治のあり方から説き起こす。そのあと、敵の情勢の見きわめ方、軍の訓練のしかた、将にふさわしい人物像、状況に応じた戦い方、兵士の士気の高め方へと話が進んでいく。
中心になる考え
問答形式で説かれる『呉子』の中心にあるのは、内政と軍事を結びつける考え方である。まず内政を整えて民の支持を得ることを、軍を動かす前提として位置づける。そのうえで、敵の情勢をつかむこと、将にふさわしい力量、日ごろ鍛えられた軍という三つの条件がそろって、初めて戦えると説く、実践的な書物である。
作者と成立でわかっていないこと
歴史書『史記』は「呉起兵法、世多有、故弗論」と記す。呉起の兵法は当時広く出回っていたので、ここでは詳しく論じない、という意味である。内容そのものには触れていない。『漢書』の文献目録「芸文志」には「呉起四十八篇」とあるが、現存するのは六篇のみ。四十八篇からどう減ったのか、現存の六篇がどの部分に当たるのかは確かめられない。
原文をどこで読めるか
現存する六篇の原文は維基文庫で読める。