未完のまま遺された草稿

書の成り立ちと読まれ方

篇: 成り立ち

未完のまま遺された草稿は、クラウゼヴィッツ自身が第一篇第一章以外は書き直しの途中だと書き遺していたという、成り立ちにまつわる事情を扱う項目。

『戦争論』のどこにあるか(篇と章)

1832年に刊行された初版の巻頭近くに収められた、クラウゼヴィッツ自身による覚書(Nachricht、ベルリンにて1827年7月10日付)。

原語と原文

「Das erste Kapitel des ersten Buches ist das einzige, was ich als vollendet betrachte」(第一篇第一章だけが、私が完成したと見なす唯一のものである)。

クラウゼヴィッツの言っていること

この覚書でクラウゼヴィッツは、それまでに書きためた原稿を、いつか戦争についての一冊の書物にまとめるための材料の集まりに過ぎないと位置づけ、多くの部分についてまだ書き直しが必要だと述べる。そのうえで、第一篇第一章だけは完成したものと見なせるとし、この章が示す方向性を、全体を読み解く手がかりとして残している。

研究者の間で読みが割れるところ

この覚書が書かれた1827年から、1831年にクラウゼヴィッツが没するまでのあいだに、実際にどこまで書き直しが進んだのかは確かめきれない。第一篇第一章以外の各篇を、この覚書の時点と同じ完成度のものとして読んでよいかどうかについても、研究者の間で見方が分かれる。

よくある引用とのずれ

『戦争論』のどの章も等しく著者自身の最終的な考えを表していると見なされることがあるが、クラウゼヴィッツ自身はこの覚書で、完成したと言えるのは第一篇第一章だけだと明言しており、他の篇は書き直しの途中の材料として遺されたものである。