闘戦経

日本の兵法書

成立: 平安時代後期(成立年代は確かめられない)

闘戦経は、現存する日本独自の兵法書としては最古とされる短い書。中国渡来の兵書の考え方に触れながら、随所で異を唱える書きぶりをとる。

いつ・誰が書いたとされるか

『闘戦経』は、平安時代後期の学者・大江匡房(1041〜1111年)の著作とする見方が紹介されている。ただし、確かな記録から実証されているわけではなく、他の人物を著者とする説も退けられていない。代々朝廷の文書を管理した大江家に伝わったとされる。大江匡房は、和歌や有職故実でも知られる公卿である。

どんな構成で、何が書いてあるか

『闘戦経』は、五十数条からなる短い文章である。篇立てはなく、条ごとに主張が並ぶ形式をとる。『孫子』をはじめとする中国渡来の兵書の言葉や考え方に触れながら、それをそのまま受け入れず異を唱える書きぶりが随所に見られると紹介される。全体を通じて漢文の体裁をとりながらも、和文の言い回しも混じる文章とされる。

中心になる考え

『闘戦経』の中心にあるのは、武の気概や心構えを重んじる立場である。武道学の1970年の論文は、冒頭の一章の「武」を、文武両道の観念でなく天地の始まりからある根源の力と読んでいる。先に日本へ伝わった『孫子』など中国の兵書の考え方を、そのまま受け入れるのではなく、日本独自の立場から検討を加えようとする姿勢に、この書の特徴がある。現存する日本最古の兵法書とされる点でも、いまもしばしば注目されている。

作者と成立でわかっていないこと

著者も成立した年代も、確かな記録からは確かめられない。1970年の武道学研究誌の論文は著者を大江匡房でなく大江維時と紹介しており、伝わる著者名も資料によって割れる。原本は失われており、現存する写本の系統や、後の時代にどのような注釈が積み重ねられていったかも確かめきれない。この書を、日本と中国の気質の違いを論じたものとして紹介する読み方があるが、そうした一般化が書自体の記述からどこまで言えるかは確かめられない。

原文をどこで読めるか

国立国会図書館デジタルコレクションに、昭和期の翻刻・研究書(中柴末純『闘戦経の研究』昭和19年など)がインターネット公開されている。