句だけ覚える・何にでも当てはめる・出典を確かめない、の防ぎ方。
知っている一句から始めるときは、三つを順に決める。はじめに句の出どころを書名と篇まで確かめる。次に、その句の前後にある正文を読む。最後に、当てられる場面と当てられない場面を分けて書く。初めのうちの失敗は、この順を飛ばした所で起きる。句だけを覚える、何にでも当てはめる、出典を確かめない、の三つである。
出どころの取り違えは、よく知られた句でも起きる。三十六計逃げるに如かずがその例である。『南齊書』の巻二十六は、王敬則の伝の末の段にこの句を置く。原文は「檀公三十六策,走是上計」で、敗れかけた敬則自身の言葉として書かれている。同じ頁に『三十六計』という書名は出てこない。兵書の一句ではなく、史書に載った一人の発言だということになる。
句だけを覚えると、前後の正文が落ちる。呉越同舟のもとの句は『孫子』の九地篇にある。「夫吳人與越人相惡也,當其同舟而濟,遇風,其相救也如左右手」である。『十一家注孫子』の九地篇では、この句の前に「兵可使如率然乎」という問いが置かれている。仲の悪い者も危難では助け合うのだから、軍も同じように動かせる、という答えの論拠である。直後の正文は「是故方馬埋輪,未足恃也」と続く。馬を縛り輪を埋めて固めるだけでは頼りにならない、という話の中の一句になる。
片方だけを覚える失敗もある。背水の陣は『史記』の巻九十二、淮陰侯列伝の井陘の場面にある。頁の字は「信乃使萬人先行,出,背水陳」で、陣ではなく陳と書く。同じ段には別の指示が並ぶ。「選輕騎二千人,人持一赤幟,從閒道萆山而望趙軍」とある。趙の兵が壁を空けて追った隙に、幟を立て替えさせる策である。川を背にした一万と、この二千騎が一つの策の両輪になっている。韓信は戦のあと「此在兵法,顧諸君不察耳」と答えている。引く兵法の句は「陷之死地而後生,置之亡地而後存」である。九地篇の正文は「投之亡地然後存,陷之死地然後生」で、句の順と字が違う。
覚えた形が原文と違うこともある。四面楚歌のもとの場面は『史記』の巻七、項羽本紀の垓下にある。原文は「夜聞漢軍四面皆楚歌,項王乃大驚曰」で、四面と楚歌の間に皆の字が入る。四字の熟語そのものは、この場面に出てこない。項王の驚きは「漢皆已得楚乎,是何楚人之多也」の問いで書かれている。逃げ道が無いという書き方ではなく、楚の人が漢の側にいることへの驚きである。
当てはめる前に、句が置かれた条件を照らす。九地篇の同舟の句なら、助け合いが起きる条件は、危難が同時に来ていることである。ボードゲームの卓で、二人が同じ相手に追い詰められている局面は、この条件に近い。点差が開いただけの局面は、条件の外にある。当てはめた所と当てはめなかった所を分けて書く。こう控えると、句が何にでも効く言葉に見えなくなる。
逸話は、注や後世の本にだけ載ることがある。空城計の名で語られる諸葛亮の話は、『三國志』の巻三十五、諸葛亮伝の本文には無い。裴松之の注が引く郭沖の説に出てくる話で、「敕軍中皆臥旗息鼓」「令大開四城門」と書かれている。裴松之はこの説を退けている。二十万の兵を挙げ、相手の兵が少ないと知っていた側が、走って退く理由は無い。伏兵を疑うのなら、備えを固めればよいという反論である。注はこの書の引く話を「故知此書舉引皆虛」と結ぶ。『三十六計』の敗戰計の按語も、この話を例に挙げていない。「虛而示虛,諸葛而後,不乏其人」とだけ置き、瓜州の張守圭と北徐州の齊祖廷の例を挙げる。同じ伝の本文にある八陣図も「推演兵法,作八陣圖,咸得其要云」の一文だけで、図の中身は書かれていない。
やりがちな失敗は三つある。句を覚えて前後の正文を読まない。場面の条件を照らさずに当てはめる。出どころを書名までで止める。三つとも、出どころと前後の正文を先に控えておけば避けられる。
出典
- 資料・中国語 維基文庫(蕭子顯) 南齊書 卷26(王敬則傳)
- 資料・中国語 維基文庫(曹操ほか十一家注) 十一家注孫子 九地篇
- 資料・中国語 維基文庫(司馬遷) 史記 卷092 淮陰侯列傳
- 資料・中国語 維基文庫(司馬遷) 史記 卷007 項羽本紀
- 資料・中国語 維基文庫(陳寿・裴松之注) 三國志 卷35(蜀書・諸葛亮傳、裴松之注)
- 資料・中国語 維基文庫 三十六計 敗戰計





