戦争論図鑑

拡大された決闘(戦争とは何か)

拡大された決闘は、戦争とは何かを一対一の決闘を大きくしたものとして捉え、そこから力の応酬という発想へ進む書き出しの一節。第一篇「戦争の本質について」第一章「戦争とは何か」の第2節。クラウゼヴィッツ自身が遺稿の中で唯一「完成した」と書き遺した章(書の成り立ちと読まれ方の項を参照)の冒頭に近い部分に当たる。

極限への昂進(戦争とは何か)

極限への昂進は、手加減を美徳とする発想を危険な思い込みとして退け、力の行使が歯止めなく極限まで高まっていく論理を説く節。第一篇第一章「戦争とは何か」第3節。

目的と手段(戦争とは何か)

目的と手段は、政治的な意図を目的、戦争そのものを手段と位置づけ、両者を切り離して考えることはできないと説く一節。第一篇第一章「戦争とは何か」第24節。独立した章ではなく、「政治的交わりの継続」(本図鑑の別項目)と同じ節に置かれている。

驚くべき三位一体(戦争とは何か)

驚くべき三位一体は、戦争を、根源的な暴力性・偶然と確率の働き・政治の道具としての従属性という三つの傾向が絡み合ったものとして捉える、原典でも屈指の難解な一節。第一篇第一章「戦争とは何か」の末尾近く、第28節。

政治的交わりの継続としての戦争(戦争とは何か)

政治的交わりの継続としての戦争は、戦争を独立した現象としてではなく、政治的なやり取りが形を変えて続いているものとして位置づける、もっとも広く知られた一節。第一篇第一章「戦争とは何か」の第24節。

絶対戦争と現実の戦争(戦争とは何か)

絶対戦争と現実の戦争は、理屈のうえで際限なく激しさを増していく「絶対戦争」という考え方と、実際に起きる制約された戦争とを分けて論じる章。第八篇「戦争計画について」第二章「絶対戦争と現実の戦争」。

軍事的天才(戦場で起きること)

軍事的天才は、特別な知力と気質の組み合わせが求められる、指揮官の資質について説く章。第一篇第三章「軍事的天才について」の冒頭。

戦争における危険(戦場で起きること)

戦争における危険は、実際に命の危険にさらされるという戦争にしかない条件が、判断や行動をどう変えるかを説く章。第一篇第四章「戦争における危険について」。天才を扱う第三章と、身体的な労苦を扱う第五章のあいだに置かれる。

摩擦(戦場で起きること)

摩擦は、理屈のうえでは単純なはずのことが実際にはなぜこれほど難しくなるのかを、無数の小さな支障の積み重ねとして説明する章。第一篇第七章「戦争における摩擦」。

数的優越(戦場で起きること)

数的優越は、兵力の数の多さを、勝敗を分けるもっとも基本的な条件として位置づける章。第三篇「戦略一般について」第八章「数的優越」。

奇襲(戦場で起きること)

奇襲は、相手の不意を突くことがどれほどの効果を持ちうるか、また実際にはどれほど成し遂げにくいかを説く章。第三篇第九章「奇襲」。数的優越を扱う第八章のすぐあとに置かれる。

詭計(戦場で起きること)

詭計は、敵を欺く工夫が実際の戦争ではどれほどの重みを持つかを、抑えた調子で検討する章。第三篇第十章「詭計(Die List)」。奇襲を扱う第九章のすぐあとに置かれる。

防御という戦争の強い形式(攻撃と防御)

防御という戦争の強い形式は、守る側の戦い方の方が攻める側よりも本来強い形式だとする、逆説的に響く一節。第六篇「防御」第一章「攻撃と防御」。

求心的攻撃と遠心的防御(攻撃と防御)

求心的攻撃と遠心的防御は、攻める側は一点に力を集める形になりやすく、守る側は四方に開く形になりやすいという通念を、そのまま原則としてよいかを検討する章。第六篇第四章「攻撃の求心性と防御の遠心性」。

攻撃の力の漸減(攻撃と防御)

攻撃の力の漸減は、攻め込む側の力が進むにつれてどのように目減りしていくかを説く章。第七篇「攻撃」第四章「攻撃の力の漸減」。

攻撃の頂点(攻撃と防御)

攻撃の頂点は、どの攻撃にも、それ以上進むと有利さが失われる限界の点があるとし、その見極めの難しさを説く章。第七篇第五章「攻撃の頂点」。攻撃の力の漸減を扱う第四章のすぐあとに置かれる。全文版の目次には、これとは別に「勝利の頂点について」という文章が付け加えられていることも確認できる。

重心(攻撃と防御)

重心は、敵の力と動きが集まる中心を見きわめ、そこに力を集中させよと説く、もっとも広く知られる語の一つ。第八篇「戦争計画について」第四章「戦争目的のより詳しい規定 敵の打倒」。

国土内への退却(攻撃と防御)

国土内への退却は、あえて戦わずに自国の奥深くまで退くことで攻め込む側の力をすり減らすという、広い国土ならではの防御の型を説く章。第六篇第二十五章「国土内への退却」。1812年のナポレオンのロシア遠征を主な例として挙げる。

未完のまま遺された草稿(書の成り立ちと読まれ方)

未完のまま遺された草稿は、クラウゼヴィッツ自身が第一篇第一章以外は書き直しの途中だと書き遺していたという、成り立ちにまつわる事情を扱う項目。1832年に刊行された初版の巻頭近くに収められた、クラウゼヴィッツ自身による覚書(Nachricht、ベルリンにて1827年7月10日付)。

遺稿の刊行とマリーの序文(書の成り立ちと読まれ方)

遺稿の刊行とマリーの序文は、クラウゼヴィッツの死後、妻マリー・フォン・クラウゼヴィッツの手で遺稿がまとめられ、世に出た経緯を扱う項目。1832年刊行の『戦争論』第一部の巻頭に置かれた序文(Vorrede)。1832年6月30日、ポツダムのマルモア宮殿にて執筆。

英訳の違い(書の成り立ちと読まれ方)

英訳の違いは、19世紀のグレアム訳と20世紀のハワード・パレット訳という、性格の異なる二つの英訳が読まれ方に影響してきたことを扱う項目。J. J. グレアムによる最初の英訳(1873年)と、マイケル・ハワード&ピーター・パレットによる新訳(1976年、プリンストン大学出版)。

読まれ方の変遷(書の成り立ちと読まれ方)

読まれ方の変遷は、刊行後まもない時期から、イギリスの軍関係者にどう読まれてきたかという、受け止められ方の移り変わりを扱う項目。クリストファー・バスフォード『Clausewitz in English』が跡づける、19世紀イギリスでの受容の記録。