求心的攻撃と遠心的防御

攻撃と防御

篇: 第六篇

求心的攻撃と遠心的防御は、攻める側は一点に力を集める形になりやすく、守る側は四方に開く形になりやすいという通念を、そのまま原則としてよいかを検討する章。

『戦争論』のどこにあるか(篇と章)

第六篇第四章「攻撃の求心性と防御の遠心性」。

原語と原文

「Es kommen diese beiden Vorstellungen, diese beiden Formen...so häufig vor, daß sie sich der Phantasie unwillkürlich fast als notwendige, dem Angriff und der Verteidigung innewohnende Formen aufdringen, welches doch, wie die kleinste Überlegung zeigt, nicht eigentlich der Fall ist.」(この二つの考え方、二つの形は……あまりに頻繁に現れるため、それらが攻撃と防御に必然的に備わる形であるかのように思わず思い描かれてしまう。しかし少し考えればわかるとおり、実際にはそうではない)。

クラウゼヴィッツの言っていること

原文は、攻める側の力が敵の一点に向かって集まる形になり、守る側の力が四方に開く形になる、という組み合わせが実例としてよく見られることを認めつつ、これを攻撃と防御にあらかじめ備わった必然の形だと決めてかかることを戒める。実際にどちらの形になるかは、地形や兵力の配置といったそのときどきの状況次第だと説く。

研究者の間で読みが割れるところ

この章の主張を、当時広く説かれていた地理・幾何学に基づく戦略論への反論として読むかどうかは、研究者の間で読み方が分かれる。誰の議論を具体的に念頭に置いていたかは、この章の記述だけからは確かめきれない。

よくある引用とのずれ

「攻撃は求心的に、防御は遠心的に行うのが定石である」という指南のように紹介されることがあるが、原文はまさにこの思い込みを戒めており、求心・遠心のどちらの形になるかは状況しだいであって、あらかじめ決まった型ではないと述べている。