無恃其不來、恃吾有以待也

名句

篇: 九変篇(中巻 第八)

無恃其不來、恃吾有以待也は、敵が来ないことや攻めないことを当てにせず、自分の備えを頼みにせよと説く九変篇の一句。

原文と書き下し

「故用兵之法、無恃其不來、恃吾有以待也;無恃其不攻、恃吾有所不可攻也」(故に兵を用うるの法は、其の来たらざるを恃むこと無く、吾が以て待つ有るを恃むなり。其の攻めざるを恃むこと無く、吾が攻むべからざる所有るを恃むなり)。

原文の意味

原文は、敵が来ないだろうということを頼みにせず、自分に待ち受ける備えがあることを頼みにすると言い、同じく、敵が攻めてこないだろうということを頼みにせず、自分に攻められない所があることを頼みにすると言う。頼みにする先を、敵の出方から自分の備えへ移す、対になった二句である。

篇の中での流れ

九変篇で、智者は利害を併せて考えるという話に続き、将の五つの危うさ(五危)へ進む前に置かれる。

注釈で読みが割れるところ

この句は注が大きく割れず、備えを欠かさないという点で揃う。曹操は「安きにも危うきを忘れず、常に備えを設く」と言い、杜佑は「安ければ則ち危うきを思い、存すれば則ち亡を思う」、張預は「患いを思うて予め之を防ぐ」と言い、王晳は「備とは実なり」と、備えを実質のあるものと読む。

よくある言い換えとのずれ

「備えあれば憂いなし」と同じ意味で引かれることがあるが、この句の中心は、備えの量より、敵が来ない・攻めないという相手の出方を当てにする態度を退けるところにある。