愛爵祿百金、不知敵之情者、不仁之至也

名句

篇: 用間篇(下巻 第十三)

愛爵祿百金、不知敵之情者、不仁之至也は、爵禄と百金を惜しんで敵の情を知ろうとしないことを、不仁の至りと呼ぶ、用間篇の冒頭近くの一節。

原文と書き下し

「相守數年、以爭一日之勝、而愛爵祿百金、不知敵之情者、不仁之至也、非人之將也、非主之佐也、非勝之主也」(相い守ること数年、以て一日の勝を争う。而るに爵禄百金を愛みて、敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり。人の将に非ず、主の佐に非ず、勝の主に非ざるなり)。

原文の意味

原文は、数年もにらみ合い、その末の一日の勝ちを争うのに、爵位や俸禄や百金を惜しんで敵の実情を知ろうとしない者は、思いやりを欠くことの極みだと述べる。さらに、そのような者は人の将でも、君主の補佐でも、勝ちの主でもないと続ける。

篇の中での流れ

用間篇の冒頭に置かれ、十万の軍が千里を行けば日に千金を費やし、内外が騒がしく、耕作できない家が七十万に及ぶという記述に続く。そのあと、五種の間者の分類(因間・内間・反間・死間・生間)へ進む。

注釈で読みが割れるところ

前半の「日に千金を費やす」「七十万家」は、曹操・杜牧・張預が、古い井田の制で八家が隣を組み、一家が従軍し七家が支えたという制度で説明する。梅堯臣は、糧を運ぶ公私の負担の重さと、わずかな爵賞を惜しむことの釣り合わなさを対にして読む。「不仁」が向く先は、注によって、人々への負担に力点を置くものと、間を用いることをしぶる点に力点を置くものがあり、一つに定まらない。

よくある言い換えとのずれ

「情報への投資を惜しむな」という趣旨で引かれることがあるが、原文は費用対効果の話ではなく、軍の負担の大きさを述べた直後に置かれ、その負担との釣り合いの悪さを「不仁」という語で咎める形で書かれている。