仕込みの条件図鑑

温度(温度)

どの菌に働いてもらうかを、温度で決める。菌にはそれぞれ得意な温度帯があります。温度を選ぶということは、そこで元気に働く菌を選ぶということです。仕込みの温度管理とは、狙った菌に有利な環境を作り、他の菌に不利な環境を作る作業にほかなりません。

季節と室温(温度)

同じレシピが、夏と冬で別物になる。レシピの「常温」は、書いた人の台所の温度です。日本の室温は冬10℃前後、夏30℃超と、20℃以上動きます。菌の活動は温度でほぼ倍々に変わるので、同じ日数を置いても、冬は何も起きず、夏は行きすぎるということが普通に起こります。

保温のしかた(温度)

測れない保温は、保温ではない。甘酒・ヨーグルト・納豆・テンペは、一定の温度を長時間保てるかどうかで結果が決まります。「炊飯器の保温」「毛布にくるむ」といった方法は、実際の温度が製品や環境でばらつきます—— 効くかどうかではなく、測れるかどうかが問題です。

冷蔵で止める(温度)

完成は、日数ではなく味で決める。冷やすことは、発酵を「殺す」のではなく「遅くする」ことです。好みの味になった時点で冷蔵に移せば、そこで進行がほぼ止まります。これが「何ヶ月熟成」という数字より確実な、家庭での仕上げ方です。

塩分(塩分)

他の菌を止めて、耐塩性の菌だけを残す。多くの腐敗菌や食中毒菌は、塩分が高い環境では増えられません。一方で乳酸菌や酵母、麹菌には塩に比較的強いものがいる—— この差を利用して、狙った菌だけを優位にするのが塩の役割です。味付けだけではありません。

塩分濃度の計算(塩分)

何に対する%かで、答えが変わる。仕込みの塩は味付けではなく、他の菌を止めて狙った菌だけを残すための条件です。だから「小さじ何杯」ではなく「%」で管理します—— 塩は粒の大きさで同じ体積でも重量が変わるからです。

追い塩・呼び塩(塩分)

薄まったら、足して戻す。野菜から水が出るぶん、仕込みの塩分濃度は下がっていきます。糠床は漬けるたびに、漬物は水が上がるたびに薄まる。「追い塩」はそれを元の濃度に戻す作業で、味の調整ではありません。逆に「呼び塩」は、塩辛くなりすぎたものを薄い塩水で抜く方法です。

減塩の限界(塩分)

下げるなら、別の守りを足す。発酵食品を守っているのは、塩・酸・低温・低水分・アルコールの5つです。塩を下げるなら、そのぶん別の守りを足さなければ、単に無防備になります。減塩の梅干しが冷蔵前提なのは、下げた塩を低温で埋めているからです。

水分(水分活性)(水分・pH)

問題は水の量ではなく、菌が使える水の量。水分活性(Aw)は、その食品の中で微生物が利用できる自由な水の割合を示す指標です。塩や砂糖を加えると、水が塩や糖と結びついて菌が使えなくなります—— 塩漬けや砂糖漬けが保存になる理由は、水を「奪う」からです。

pH(酸性度)(水分・pH)

発酵が進むほど、安全になっていく。乳酸菌や酢酸菌が酸を作ると、pHが下がって酸性になります。酸性の環境では、ほとんどの腐敗菌と食中毒菌が増えられません。つまり発酵は、進むほど自分自身を守る仕組みを持っています。最初の数日がいちばん危ないのはこのためです。

塩水(呼び水)(水分・pH)

足すのは水ではなく、塩水。水が上がらないときに真水を足すと、塩分濃度が下がって守りが弱まります。足すべきは、その仕込みと同じ濃度の塩水です。液面が上がって材料が沈めば、空気を断てて、濃度も保てます。

糖(砂糖の役割)(水分・pH)

菌の餌であり、多すぎれば守りにもなる。砂糖は菌の餌です—— コンブチャやパン種で砂糖を減らせないのはこのため。一方で、砂糖が極端に多いと水分活性が下がり、菌が使える水が無くなって保存性が生まれます。ジャムや砂糖漬けが日持ちするのはこの原理で、同じ砂糖が「餌」にも「守り」にもなるのが分かりにくいところです。

乳酸と酢酸の違い(水分・pH)

同じ酸っぱいでも、作る菌が違う。乳酸は乳酸菌が糖から作り、酸素が無くても進みます。酢酸は酢酸菌がアルコールから作り、酸素が必須です。だから漬物は空気を断ち、酢は空気に触れさせる—— 正反対の扱いになる理由がここにあります。

時間(時間)

止めどきを決めるのは、時計ではなく状態。発酵は連続的に進むので、「完成」という決まった点はありません。どこで止めるかは好みで決まります。味噌を半年で食べるか2年寝かせるかは、正誤ではなく選択です。

熟成と過発酵の境目(時間)

止めどきは、時計ではなく味で決まる。熟成と過発酵は別の現象ではなく、同じ進行の途中と行きすぎです。だから「何ヶ月で完成」という数字は、温度と塩分がレシピと同じだった場合の目安でしかありません。実際の止めどきは、味と香りで決めます。

かき混ぜる頻度(時間)

混ぜるのは、空気の配り直し。混ぜる目的は「均一にすること」ではなく、酸素の分布を変えることです。表面には酸素があって産膜酵母とカビが増え、底には酸素が無くて酪酸菌が増えます。混ぜるとそれぞれが逆の環境に置かれて、増えすぎが止まります。

酸素(好気と嫌気)(容器と衛生)

空気を入れるか、遮断するか。酸素を必要とする菌(好気性)と、酸素があると生きられない菌(嫌気性)がいます。容器の形とふたの扱いは、どちらを優位にするかの選択です。

容器と器具の消毒(容器と衛生)

最初の勝負は、仕込む前についている。発酵は「狙った菌を優勢にする競争」です。最初に雑菌が多く入っていれば、それだけ狙った菌が不利になります。特に酸がまだ出ていない仕込み初期は、無防備な状態です。

容器の材質(容器と衛生)

酸と塩に、負けない材質を選ぶ。発酵の中身は、酸と塩が同時に効いている液体です。金属はこれに弱く、アルミや鉄は溶け出したり、食材を変色させたりします。ホーロー・ガラス・陶器・食品用樹脂は、酸にも塩にも強く、においも移りにくい。

重石と、空気の遮断(容器と衛生)

沈んでいる限り、カビない。カビは酸素が無いと増えられません。だから材料が液に沈んでいれば、それだけでカビは防げます。重石は「押さえるため」ではなく「空気を断つため」に載せる—— そう考えると、必要な重さの見当がつきます。