原典とのずれ図鑑
兵は詭道なり(孫子の兵法)
「兵は詭道なり」は、だまし合いの格言として引かれる一句を原典に戻す項目。『孫子』は「兵とは詭道なり」、つまり戦争の本質はだまし合いだと説いた、という趣旨でこの一句だけが引かれることがある。
拙速(孫子の兵法)
拙速は、「巧遅は拙速に如かず」として広まった語を出どころに戻す項目。「巧遅は拙速に如かず」、つまり上手で遅いより下手でも速いほうがよいという、仕事一般の心得を説いたことわざとして広く引かれ、しばしば孫子の言葉とされる。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず(孫子の兵法)
「百戦殆うからず」は、「百戦百勝」と取り違えられる一句を原典に戻す項目。「彼を知り己を知れば百戦百勝」、つまり敵と自分をよく知っていれば必ず勝てる、という意味の格言として広く引かれる。
戦わずして勝つ(孫子の兵法)
「戦わずして勝つ」は、戦いを避ける勧めとして引かれる一句を原典に戻す項目。「戦わずして勝つ」ことこそ最上だという孫子の教えとして、戦い自体を避けることの大切さを説いた言葉として広く引かれる。
風林火山(孫子の兵法)
風林火山は、速さの教えとして知られる四句を原典の六句に戻す項目。「風林火山」は、動くときは風のように速く攻めよという、速さを重んじる教えとして広く知られ、武田信玄の軍旗の由来としても知られる。
兵は神速を貴ぶ(孫子の兵法)
「兵は神速を貴ぶ」は、孫子の言葉として引かれる一句の出どころを確かめる項目。「兵は神速を貴ぶ」が孫子の教えとして、迅速な用兵を説いた格言として広く引かれる。
三十六計逃げるに如かず(故事とことわざ)
「三十六計逃げるに如かず」は、兵法書の一項目とされる言い回しを出どころに戻す項目。「三十六計逃げるに如かず」は、兵法書『三十六計』に載る三十六番目の計として、逃げることも立派な戦術だと説いた言葉だとされる。
背水の陣(故事とことわざ)
背水の陣は、絶体絶命の戦術の代名詞として使う言葉を出どころに戻す項目。「背水の陣」は、あとがない状況に自らを追い込むことで力を発揮させる戦術一般の代名詞として広く使われる。
四面楚歌(故事とことわざ)
四面楚歌は、孤立を指す四字熟語を、原典が描く心理戦に戻す項目。「四面楚歌」は、周囲を敵に囲まれて孤立無援になることを表す四字熟語として広く使われる。
呉越同舟(故事とことわざ)
呉越同舟は、気まずい同席を指す四字熟語を、原典が説く協力に戻す項目。「呉越同舟」は、仲の悪い者同士がたまたま同じ場所に居合わせる気まずさを表す言葉として使われることが多い。
戦争は政治の延長(戦争論)
「戦争は政治の延長」は、短くまとめられた一句を原文の言い回しと比べる項目。「戦争は他の手段をもってする政治の延長である」という簡潔な一文が、クラウゼヴィッツの結論として広く引かれる。
戦場の霧(戦争論)
戦場の霧は、クラウゼヴィッツの術語として引かれる語を原文に戻す項目。「戦場の霧」(戦争の霧、fog of war)とは、戦場では確かな情報が乏しく、判断に要る材料の多くが見通せないことをいう。クラウゼヴィッツが使った言葉として紹介されることが多く、戦場にある不確定要素をまとめて指す言葉として説明される。…
どんな計画も敵と接触すれば崩れる(戦争論)
「どんな計画も敵と接触すれば崩れる」は、モルトケの名言を原文の言い回しに戻す項目。「どんな作戦計画も、敵との最初の接触を生き延びられない」という簡潔な言葉が、モルトケの名言として広く引かれる。
重心という的(戦争論)
重心という的は、目標を絞る手順の名として広まった語を原文に戻す項目。「重心(center of gravity)」は、敵の弱点を一つに絞り込んで狙うための分析手順として、現代の軍事ドクトリンで広く使われている考え方だとされる。
ゼロサムゲーム(ゲーム理論と交渉)
ゼロサムゲームは、対立一般を指す比喩として広まった語を定義に戻す項目。「ゼロサムゲーム」という言葉が、勝てば相手が必ず損をするような対立や競争一般を指す言葉として広く使われる。
ナッシュ均衡は最善の結果(ゲーム理論と交渉)
「ナッシュ均衡は最善の結果」は、語感から来る誤解を囚人のジレンマで確かめる項目。「ナッシュ均衡」が、プレイヤー全員にとって最も良い、安定した結果を表す言葉だと理解されることがある。
しっぺ返し戦略は常に報復せよという教え(ゲーム理論と交渉)
「しっぺ返し戦略」は、報復の勧めとして広まった戦略をもとの説明に戻す項目。ロバート・アクセルロッドのコンピュータ・トーナメントで最も高い成績を収めた「しっぺ返し」戦略から、相手の裏切りには常に報復せよというのが最強の戦略だという教えが広まっている。
ウィンウィン交渉(ゲーム理論と交渉)
ウィンウィン交渉は、広めたとされる本の著者が避けていた語のいきさつをたどる項目。フィッシャーとユーリーの『Getting to Yes』(1981年)が「ウィンウィン(win-win)交渉」という言葉を広めた、としてしばしば紹介される。