拙速
孫子の兵法
拙速は、「巧遅は拙速に如かず」として広まった語を出どころに戻す項目。
よく言われること
「巧遅は拙速に如かず」、つまり上手で遅いより下手でも速いほうがよいという、仕事一般の心得を説いたことわざとして広く引かれ、しばしば孫子の言葉とされる。
原典では何と書いてあるか
『孫子』作戦篇に「兵聞拙速、未睹巧之久也」(兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを睹ざるなり)とある。直前には大軍を一日動かせば千金の費用がかかるという記述があり、句が指すのは、戦を長引かせれば国庫が乏しくなるので多少粗くても速く終える方がよいという、軍事行動に限った損得の話である。「巧遅は拙速に如かず」という四字対句そのものは『孫子』の本文には無く、南宋の謝枋得が編んだ科挙受験用の文章読本『文章軌範』の「有字集小序」に、答案は場数(時間)に限りがあるから「巧遲者不如拙速」(巧みで遅いものは拙くても速いものに及ばない)と記されている。
どこがずれているか
「巧遅は拙速に如かず」が孫子の言葉として引かれることがあるが、この対句自体は『孫子』の本文には無く、後代に科挙の答案の書き方を説いた文章読本に見える一文である。『孫子』が述べているのは戦費という具体的な負担の話であり、仕事や試験の答案の速さを勧める話ではない。
なぜそう広まったか
『孫子』由来の「拙速」という語を、後代の学者が試験の答案の速さという別の文脈で引いて対句に仕立てたため、二つの文脈が混ざり合い、対句の形の方が孫子の原文であるかのように広まった。
原典に沿って言うなら
『孫子』の「拙速」は、戦を長引かせると国力そのものが尽きるという、大軍を動かす場合に限った損得勘定であり、「巧遅は拙速に如かず」は後代の別の文脈で作られたことわざである。