呉越同舟

故事とことわざ

呉越同舟は、気まずい同席を指す四字熟語を、原典が説く協力に戻す項目。

よく言われること

「呉越同舟」は、仲の悪い者同士がたまたま同じ場所に居合わせる気まずさを表す言葉として使われることが多い。

原典では何と書いてあるか

『孫子』九地篇に「夫吳人與越人相惡也、當其同舟而濟、遇風、其相救也、如左右手」(夫れ呉人と越人と相悪む。其の舟を同じくして済るに当たりて、風に遇わば、其の相救うや、左右の手の如し)とある。仲の悪い呉と越の人でも、同じ舟に乗り合わせて嵐にあえば、まるで自分の左右の手のように助け合うという例えである。

どこがずれているか

仲の悪い者同士が居合わせること自体を指す言葉として使われることが多いが、原文が例えとして述べているのは、共通の危機に直面すれば、日ごろ仲が悪い者どうしでも自然に助け合うということであり、助け合うという結末の部分こそが例えの主眼になっている。孫子はこの例えを、兵を追い詰められた状況に置けば自然と一体になって助け合うという、九地篇全体の主張につなげている。

なぜそう広まったか

「呉」と「越」という敵対する二国の名を含む言葉の響きが強く印象に残る一方、同じ舟に乗り合わせているという場面の情景だけが独り歩きし、そのあとに続く助け合うという結末の部分が省かれやすい。

原典に沿って言うなら

『孫子』が呉越同舟の例えで説くのは、共通の危機の前では日ごろの仲の悪さを越えて協力し合うということであり、単に敵対する者どうしが同じ場に居合わせる気まずさを指す言葉ではない。