重心という的
戦争論
重心という的は、目標を絞る手順の名として広まった語を原文に戻す項目。
よく言われること
「重心(center of gravity)」は、敵の弱点を一つに絞り込んで狙うための分析手順として、現代の軍事ドクトリンで広く使われている考え方だとされる。
原典では何と書いてあるか
『戦争論』第八篇第四章に「Aus ihnen wird sich ein gewisser Schwerpunkt, ein Zentrum der Kraft und Bewegung bilden...auf diesen Schwerpunkt des Gegners muß der gesammelte Stoß aller Kräfte gerichtet sein」(それらから、ある種の重心、力と動きの中心が形づくられる。……あらゆる力を集めた打撃は、この敵の重心に向けられなければならない)とある。
どこがずれているか
アントゥリオ・エチェバリアの論文(Naval War College Review, 2003)は、教範に取り込まれる過程で誤った英訳がもとになり、重心が敵の弱点とほぼ同一視され、決められた手順で一つに絞り込んで攻撃すべき対象として扱われるようになったと指摘する。原文が述べているのは、状況に応じて力と動きが集まる先を見きわめるという判断の働きであり、あらかじめ定めた分析手順で機械的に一点へ絞り込む対象として書かれているわけではない。
なぜそう広まったか
訳語の選び方が誤読を助長したとエチェバリアは指摘しており、教範に取り入れられる過程で、判断の働きという原義が、目標選定の手順という実務上扱いやすい形に整理し直されていったと考えられる。
原典に沿って言うなら
クラウゼヴィッツが説くのは、その都度の状況に応じて力と動きの集まる先を見きわめる判断のことであり、あらかじめ定めた手順で必ず一つに絞り込める的の名前ではない。