相場の歴史図鑑
1929年 世界恐慌(世界の暴落)
回復に四半世紀かかった、唯一の例。1929年10月、ニューヨーク市場の株価が急落しました。1920年代の好景気の中で、借金で株を買う信用取引が広く行われていたことが下落を加速させます。株価の下落は銀行の連鎖破綻を招き、米国の失業率は一時25%前後に達しました。金融の混乱が実体経済を壊した、最も規模の大きい例です。
1987年 ブラックマンデー(世界の暴落)
理由が特定できないまま、1日で2割。1987年10月19日の月曜日、ダウ工業株30種平均が1日で約22.6%下落しました。翌日には日経平均も約14.9%下げています。決定的な悪材料は特定されておらず、プログラム売買と、下落から身を守るための自動的な売りが連鎖したことが主因とされています。
2000年 ITバブル崩壊(世界の暴落)
正しかった予測が、正しい投資にならなかった。1990年代後半、インターネット関連企業に資金が殺到しました。利益が出ていない企業が、将来の成長期待だけで巨大な時価総額を付けられます。2000年3月をピークに崩壊が始まり、多くの企業が消滅しました。
2008年 リーマン・ショック(世界の暴落)
安全だとされた商品が、震源だった。米国の住宅価格の下落をきっかけに、住宅ローンを組み込んだ証券化商品の価値が崩れました。格付けの高い、安全とされていた商品が損失源だったことが、金融機関どうしの不信を招きます。2008年9月の大手投資銀行の破綻で、危機は世界に波及しました。
2020年 コロナ・ショック(世界の暴落)
史上最速で落ち、史上最速で戻った。感染症の世界的な拡大により、経済活動が同時に止まりました。2020年2月下旬から3月下旬にかけて、わずか1か月で3割超という記録的な速さで株価が下落します。各国政府と中央銀行が異例の規模で対応したことで、市場は急速に反転しました。
2022年 インフレと金利上昇(世界の暴落)
株と債券が、同時に下がった年。世界的な物価上昇を受けて、各国の中央銀行が急速に政策金利を引き上げました。金利の上昇は債券価格を押し下げ、同時に、将来の利益に価値を置く成長株を直撃します。株式と債券が同時に大きく下落するという、長年の前提を崩す年になりました。
1990年 日本のバブル崩壊(日本の相場)
最高値を取り戻すのに、34年かかった。1980年代後半、株式と不動産の価格が急騰しました。地価は上がり続けるという前提(土地神話)が広く共有され、企業が本業と関係のない財テクに資金を投じました。1990年初から株価が下落に転じ、その後の金融機関の不良債権処理は10年以上続きます。
1997年 日本の金融危機(日本の相場)
大手金融機関が、実際に消えた年。1997年11月、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券が相次いで破綻・廃業しました。大きすぎて潰れないという前提が崩れたことで、金融機関どうしの資金のやり取りが止まりかけます。翌1998年には長期信用銀行2行が破綻し、国有化されました。
2011年 東日本大震災(日本の相場)
予測不可能な出来事に、市場はどう反応するか。2011年3月11日の地震と津波、続く原子力発電所の事故により、株式市場は急落しました。3月15日には日経平均株価が1日で約10.6%下げています。同時に、円が急騰するという直感に反する動きも起きました。
2013年 異次元緩和とアベノミクス(日本の相場)
上昇の局面にも、記録は残っている。2012年末からの政策転換と、2013年4月に始まった大規模な金融緩和により、円安と株高が同時に進みました。日経平均は2013年の年間で約57%上昇し、これは数十年ぶりの上昇率でした。
1637年 チューリップ狂(古典的バブル)
記録に残る、最も古いバブルの一つ。17世紀のオランダで、チューリップの球根が投機の対象になりました。珍しい品種の球根に職人の年収を大きく超える値段が付いたとされ、現物の受け渡しを伴わない先渡し契約も広がります。1637年2月、価格は急落しました。
1720年 南海泡沫事件(古典的バブル)
ニュートンが財産を失った、あの事件。英国の南海会社は、国債を引き受ける見返りに貿易の独占権を得た会社でした。実体を伴わない期待から株価が急騰し、半年余りで約8倍になった後、1720年後半に暴落します。この騒動を受けて、株式会社の設立を制限する法律が作られました。
2021年 ミーム株と暗号資産の熱狂(古典的バブル)
SNSが値動きを作った、最初の年。2021年1月、SNSの掲示板で話題になった特定の銘柄に個人の買いが殺到し、数日で数倍という値動きが起きました(ミーム株)。空売りしていた投資家の買い戻しが上昇を加速させます(空売り比率・信用倍率)。同年、暗号資産も過去最高値を更新しました。
1971年 ニクソン・ショック(通貨と債券)
1ドル360円の時代が、終わった日。1971年8月15日、米国が金とドルの交換停止を発表しました。第二次大戦後の国際通貨体制(ブレトンウッズ体制)の前提が崩れ、1973年には主要国が変動相場制へ移行します。1ドル=360円という固定相場は、ここで終わりました。
1985年 プラザ合意(通貨と債券)
為替が1年で4割動いた、政策の力。1985年9月、主要5か国がドル高の是正で合意しました。発表直後から急速な円高ドル安が進み、1ドル約240円から、1年余りで150円台まで動きます。輸出産業への打撃を和らげるための金融緩和が、後の資産価格の高騰につながったとする見方もあります。
1998年 アジア通貨危機とLTCM(通貨と債券)
計算が正しくても、資金が尽きれば終わる。1997年7月のタイ・バーツの急落から、通貨危機がアジア各国に広がりました。1998年8月にはロシアが債務不履行に陥り、その影響で米国のヘッジファンドLTCMが巨額の損失を出して破綻します。ノーベル経済学賞受賞者が参画していたファンドでした。