1990年 日本のバブル崩壊

日本の相場

年: 1990年〜 / 最大下落: 約80% / 回復まで: 約34年

1990年日本のバブル崩壊は、低金利で行き場を失った資金が土地と株式に向かい、土地神話が広がった反動で、日経平均株価が1989年末の最高値38,915円から約80%下落した出来事です。最高値を回復したのは2024年2月で、約34年2か月を要しました。1つの国の株式だけを持つ意味を示す事例です。

何が起きたか

1985年 プラザ合意後の円高不況対策で、日本銀行は公定歩合を5%から2.5%まで下げ、低金利を続けたと、ドキュメンタリーColdFusionは伝えます。行き場を失った資金は本業ではなく土地と株式に向かい(財テク)、地価は上がり続けるという前提(土地神話)が広がりました。1990年初から株価は下落に転じ、金融機関の不良債権処理は10年以上続きます。

どれくらい下がったか

日経平均株価は1989年12月29日の38,915円が最高値で、2003年4月に7,607円、2008年10月には6,994円まで下げました。高値からの下落率は約80%です。地価も、日本不動産研究所の調査では、商業地の最高価格地を追跡できた全国131都市のうち66都市が1999年までに1983年の水準を下回りました。

戻るまでにかかった時間

1989年12月29日の最高値38,915円を上回ったのは2024年2月22日で、約34年2か月が経過していました。2003年4月の底値からは約21年、2008年10月の底値からも約15年です。内閣府は、米国株の上昇・新しいNISA口座の開始に伴う資金流入・堅調な企業決算が背景と分析します。3月22日には史上最高値40,888円を記録しました。

ここから学べること

1つの国の株式だけを持つことの意味を、これ以上なく明確に示した事例です。同じ期間、世界の株式市場全体は大きく成長していました。国際分散は理屈ではなく、実際に起きたことへの対応です。経済学者ホシとカシャップの2004年の論文は、不良債権処理の先送りが停滞を長引かせ、穴埋めに少なくとも100兆円を要したと推定します。何度も大きな戻りがあり、「もう底だ」と思わせる場面は何度もありました。

出典

  1. 動画・英語 ColdFusion Japan's Lost Decade - An Economic Disaster [Documentary]
  2. 論文 中島正人(一般財団法人日本不動産研究所)(2017) バブル期の地価高騰及び下落過程についての考察―壮大な日本の土地バブルを商業地最高価格地からみて―(季刊不動産研究 vol.59 No.2)
  3. 公的機関 内閣府(令和6年度 年次経済財政報告)(2024) 第1章 第1節 実体経済の動向
  4. 論文・英語 Takeo Hoshi, Anil K. Kashyap(Journal of Economic Perspectives)(2004) Japan's Financial Crisis and Economic Stagnation

解説動画: 第1セッション 経済・物価情勢(「金融政策の多角的レビュー」に関するワークショップ<第2回>)/BOJchannel【日本銀行動画チャンネル】

日本銀行自身による振り返り: 日銀が行った「金融政策の多角的レビュー」のワークショップ。1998年からの約25年間を対象に、経済・物価情勢を検証している。金融政策の枠組みが大きく変わった2013年を境に、それ以前をデフレ、以降2%に届かなかった期間を低インフレ、コロナ後を高インフレと区分している。

バブル崩壊が何を残したか: 1990年代の経済低迷の需要要因として広く指摘されたのがバブル崩壊後のストック調整と信用収縮。過剰債務・過剰設備・過剰雇用を調整する過程で企業の設備投資需要が減退し、加えて金融機関の不良債権処理の遅れとそれに伴う信用収縮が総需要の減退を増幅した、と整理されている。

資産価格の長い低迷: 資産価格はバブル崩壊後、長らく低迷してきた。潜在成長率も需給ギャップも90年代以降落ち込み、供給side・需要side両方の要因から経済の低迷が続いた——株価が34年かけて高値を更新した背景が、この検証から読める。