1720年 南海泡沫事件
古典的バブル
ニュートンが財産を失った、あの事件
何が起きたか
英国の南海会社は、国債を引き受ける見返りに貿易の独占権を得た会社でした。実体を伴わない期待から株価が急騰し、半年余りで約8倍になった後、1720年後半に暴落します。この騒動を受けて、株式会社の設立を制限する法律が作られました。
どれくらい下がったか
株価は1720年初の約128ポンドから夏には約1,000ポンドまで上がり、年末には約150ポンドに戻りました。高値からの下落は約85%です。
戻るまでにかかった時間
会社そのものが実体を欠いていたため、株価は戻っていません。
ここから学べること
物理学者のニュートンがこの株で大きな損失を出し、「天体の動きは計算できるが、人々の狂気は計算できない」と語ったと伝えられています。知能や専門性は、この種の熱狂に対する防御にならないという点が、この事件が語り継がれる理由です。実際に働いたのはFOMO(乗り遅れる恐怖)でした。
解説動画: 世界三大バブル#4 南海泡沫事件/オカモトの歴史実況中継
バブルという言葉の語源: 南海泡沫事件はバブル経済の語源になった事件。18世紀のイギリスは戦争続きで政府が借金を抱えており、政治家ロバート・ハーレーがその返済のために南海会社を設立した——国家財政の問題から始まっている点が押さえどころ。
同じ時期にフランスでも: フランスのミシシッピ・バブルとほぼ同時期に起きており、世界三大バブルのうち2つが同じ時期に起きている。似た構造が別の国で同時に成立したことが、この現象が偶然ではないことを示している。
株価を上げること自体が目的になる: 株価が上がるほど会社も政府の借金も役人の資産も潤う構造が作られ、南米との貿易という本業はどうでもよくなった。株価を上げるためにローンでの購入を認め、株を担保に融資し、その資金でさらに株を買わせる——借金で買い支える形が繰り返し使われた。