1929年 世界恐慌
世界の暴落
回復に四半世紀かかった、唯一の例
何が起きたか
1929年10月、ニューヨーク市場の株価が急落しました。1920年代の好景気の中で、借金で株を買う信用取引が広く行われていたことが下落を加速させます。株価の下落は銀行の連鎖破綻を招き、米国の失業率は一時25%前後に達しました。金融の混乱が実体経済を壊した、最も規模の大きい例です。
どれくらい下がったか
ダウ工業株30種平均は1929年9月の高値381から、1932年7月の安値41まで、約89%下落しました。10分の1になったということです。
戻るまでにかかった時間
名目の株価が1929年の高値を回復したのは1954年11月、約25年後でした。配当を再投資した場合の実質的な回復はもっと早かったとされますが、それでも10年以上を要しています。
ここから学べること
「いつか戻る」の「いつか」が人生の大半を占めることがあります。この事例は、株式だけに全額を投じることの意味を示しています。同時に、恐慌後に導入された預金保険や証券規制が、その後の危機の被害を小さくしてきたことも事実です。制度は失敗のたびに更新されてきました。
解説動画: 世界恐慌はなぜ起きたのか?/VAIENCE BUSINESS
暴落の前に起きていたこと: 株価は勢いよく上昇し、新聞の経済欄には毎日「最高値更新」の文字が躍っていた。教師や公務員までもがレバレッジをかけて投資を行い、銀行は次々と融資をしていた。借金で買う人が広く増えていたことが、下落を加速させる仕掛けになる。
暴落の後に見えた光景: 1930年代初頭のウォール街に現れたのは、背広姿でリンゴを売る男たち。ニューヨーク市だけでおよそ2,000人がリンゴ売りとして街に立っていたとされる。株価の話が、そのまま人々の暮らしの話になった瞬間として描かれる。
なぜここまで深刻化したか: 最大の要因のひとつが金本位制。通貨の発行量を保有する金の量に連動させる仕組みで、信用の裏付けになる一方、不況時に通貨を増やしたくても金がなければ増やせない手かせ足かせでもあった。暴落後、FRBは名目金利を下げたが金融緩和としては不十分だった、と構造から説明している。