2011年 東日本大震災

日本の相場

年: 2011年 / 最大下落: 2日で約16% / 回復まで: 約1年

2011年東日本大震災は、地震と津波の被害を受けて日経平均株価が週明けから急落し、前日比2日で約16%下落した出来事です。阪神・淡路大震災のときより下げが大きかったのは原子力発電所事故など特有の不確実さのためで、円が急騰する直感に反する動きも起き、回復はおおむね1年ほどで進みました。

何が起きたか

2011年3月11日の地震と津波は、取引が終わる直前(午後2時46分ごろ)に起きました。市場は週末に被害の大きさを知り、週明けの14日から日経平均株価が急落します。内閣府は、阪神・淡路大震災のときより下げが大きかったのは原子力発電所の事故など特有の不確実さのためと見ています。同時に、円が急騰するという直感に反する動きも起きました。

どれくらい下がったか

内閣府の報告によると、日経平均の終値は地震前日(10日)と比べ、週明けの14日に約8%、15日に約18%下がりました(11日の終値からは約16%)。円は17日早朝、海外市場で一時1ドル76円25銭と円高の史上最高値を更新し、18日に日本と欧米の当局が協調介入すると反転して震災前の水準に戻りましたが、その後も1週間ほど不安定でした。

戻るまでにかかった時間

日本銀行は震災後の最初の営業日の14日に21.8兆円の資金を供給し、資産買入等の基金も5兆円程度増やしました。内閣府によると、株価の下落は震災後1か月ほどで止まり、その後はおおむね横ばいでした。1995年の阪神・淡路大震災では、下落が6か月ほど続きました。その後の相場は2013年 異次元緩和とアベノミクスの項へ続きます。

ここから学べること

天災はいつ起きるか分かりません。35の株式市場・20年分の分析(Ferreira と Karali, 2015)は、株価の変動の大きさが地震の影響を受けたのは日本だけと報告します。円高の理由は、保険会社が海外資産を売る説と、ヘッジファンドの取引解消の説に割れ(Bruegel のブログ)、前者は内閣府が実際の売却はなかったとしています。起きた後でも生活が壊れない配分にしておくしかありません。

出典

  1. 公的機関 内閣府(2011) 平成23年度 年次経済財政報告 第1章 第2節 3 金融資本市場と資金需要
  2. 公的機関 白川方明(日本銀行総裁)(2011) 東日本大震災後1か月:金融インフラの重要性(Institute of Regulation & Risk, North Asia での講演)
  3. 公的機関・英語 G7 財務大臣・中央銀行総裁(欧州中央銀行のサイトに掲載)(2011) Statement of G7 Finance Ministers and Central Bank Governors
  4. 論文・英語 Ferreira S, Karali B(PLoS ONE)(2015) Do Earthquakes Shake Stock Markets?
  5. 資料・英語 Jérémie Cohen-Setton(Bruegel)(2011) The Macroeconomic Aftermath of the Sendai Quake

解説動画: 【大地震発生】その時「株」「為替」はどう動くのか(3.11東日本大震災を振り返る)/pop FXチャンネル

株価がどう動いたか: 2011年3月11日は金曜日の15時前。その日は大きくマイナスで終わり、翌週の月・火・水の3日間で約1,500円、率にして約15%の下落を演じた。天災は予測できないが、下げ方の記録は残っている。

為替は円高に動いた: リスクオフの局面で円が買われ、ポンド円は134円ほどから124円割れへと3営業日で10円の円高。自国が被災しているのに自国通貨が買われるという、直感に反する動きが実際に起きた。

その後の戻り: 株価の下落とともに円高が進んだ後、踏み上げも混じって為替は地震前の水準を超えて円安方向へ戻していった。急変とその後の戻りは、どちらも数字として記録されている。