1987年 ブラックマンデー

世界の暴落

理由が特定できないまま、1日で2割

何が起きたか

1987年10月19日の月曜日、ダウ工業株30種平均が1日で約22.6%下落しました。翌日には日経平均も約14.9%下げています。決定的な悪材料は特定されておらず、プログラム売買と、下落から身を守るための自動的な売りが連鎖したことが主因とされています。

どれくらい下がったか

1987年8月の高値から10月の安値まで、ダウは約36%下落しました。うち大半がわずか数日に集中しています。

戻るまでにかかった時間

実体経済への打撃は限定的で、約2年で高値を回復しました。中央銀行が流動性を供給したことが、恐慌への波及を防いだと評価されています。

ここから学べること

理由が分からないまま暴落は起きます。そして、実体経済が傷んでいない暴落からの回復は速いという対比も示しています。この日を境に、取引を一時停止する仕組み(サーキットブレーカー)が各国の市場に導入されました。

解説動画: 【ヤバい現代史】歴代の株価大暴落3選!再来が噂されるブラックマンデーなどを解説します!/コアラ先生の時事ネタ祭り

原因が分からない暴落: 1987年10月19日、ダウ平均の1日の下落率は22.68%。引き金も背景も分かっていないと明言される。1929年 世界恐慌の暗黒の木曜日になぞらえた名前だが、当日に大きな材料があったわけでもない。

売りが売りを呼んだ: 拍車をかけた要素として挙がるのが、1980年代に活用が進んだプログラム売買。株価の動きに応じて損切りやヘッジの注文が機械的に出るため、一度勢いがつくと売りが売りを呼ぶ展開になりやすいと説明される。

実体経済は無事だった: 根本原因は見つからないまま、実体経済はそれなりに健全だと確認されていき、2年ほどで元の株価に戻った。教訓としてサーキットブレーカーが導入される。動画は、次の暴落はいつ来るかは分からないと念を押して結ぶ。