八陣図

伝わり方が怪しい型

例の時代: 遺構の記録は5-6世紀(郦道元による記述)

八陣図は、石を積んで作られた64の塁が実在する一方、それがどのような陣形・戦術を表すのかは確かめられていない遺構。

戦史の例と、それを伝える史料

魚復県(現在の重慶市奉節県)の永安宮近くに、諸葛亮が築いたとされる八陣図の遺構があったと伝わる。『水経注』巻三十三は、江水が諸葛亮の陣塁の南を流れる平らな石の磧に、亮の造った八陣図があり、細かい石を積み重ねて作られていると記し、執筆当時すでに夏の洪水による浸食で塁の高さが2〜3尺ほどに縮小していたとも記録している。