虚実篇

十三篇

篇: 中巻 第六

虚実篇は、敵の備えが固い所を避け、手薄な所を撃てと説く篇。

原文と書き下し

「凡先處戰地而待敵者佚」(凡そ先に戦地に処りて敵を待つ者は佚す)。「兵之形、避實而擊虛」(兵の形は、実を避けて虚を撃つ)。「夫兵形象水」(夫れ兵の形は水に象る)。「兵無常勢、水無常形」(兵に常勢無く、水に常形無し)。

原文の意味

原文は、先に戦地に着いて待つ側は余裕があり、後から駆けつける側は疲れると始め、善く戦う者は敵を意のままに動かして自分は動かされないと言う。攻めが必ず取れるのは敵が守らぬ所を攻めるから、守りが固いのは敵が攻めぬ所を守るからだとし、こちらが一つにまとまり敵が十に分かれれば、十で一を攻められるとする。兵の形は実を避けて虚を撃つことだと言い、水が地に因るように兵は敵に因って勝ちを制し、常勢は無いと述べる。

篇の中での流れ

篇は先に戦地に処る利と「致人」から入り、攻守の話、形の無さを言う「微乎微乎」、「形人而我無形」から我專敵分へ進む。後半は戦う地を敵に知らせぬ話、策之・作之・形之・角之の四句を経て、水の喩えと五行の句で終わる。「夫兵形象水」の句は、十一家注の頁が水之形・兵之形、通行本の頁は水之行・兵之勝と書く。Guo Qiyong らの章(2026)は、実/虚を正/奇や動/静と並ぶ対の概念として論じる。

注釈で読みが割れるところ

「形人而我無形」は、梅堯臣が「他人有形、我形不見」と、我の形が見えぬので敵が兵を分けて備えると注し、王晳は「多為之形、使敵備己」と、多くの形を示して敵に備えさせ、実際に攻める側は無形だと注す。隠すのか、多くの形を見せるのかで読みが違う。「無常勢」も、杜牧は勢が敵に因って現れ我には無いと注し、王晳は常の理は虚を撃つことで無常なのは勢だと分ける。

よくある言い換えとのずれ

浸透襲撃第二チャンネルは、虚実を嘘と本当ではなく強弱のことだと断り、虚を敵の弱い所、実を味方の強い所と言い換える。原文は「実を避けて虚を撃つ」と、実を避ける対象に置く。『唐太宗李衛公問對』は、太宗が十三篇に虚実を超えるものは無いと言い、李靖が千章万句は「致人而不致於人」を出ないと答える形で載せる。奇正も敵の虚実を致すためのものだと李靖は言う。

解説動画: 【ゆっくり解説】孫子十三篇(虚実篇第六 第一回)/浸透襲撃第二チャンネル

虚実を強弱と言い換える: 虚実は嘘か本当かではなく強弱のことだと断ったうえで、虚を敵の弱い部分、実を味方の強い部分と言い換え、弱い所を強い所で撃つ話にまとめる。原文は「実を避けて虚を撃つ」と実を避ける側に置くので、動画の言い換えとして扱う。

解説動画: 【ゆっくり解説】孫子十三篇(虚実篇第六 第二回)/浸透襲撃第二チャンネル

勢篇との対比: 勢篇を時間、虚実篇を空間による戦力の変動と位置づけ、「我專為一、敵分為十」の句を図で説明する。