勢篇

十三篇

篇: 中巻 第五

勢篇は、正攻法と奇策の組み合わせで、軍全体の勢いを作ることを説く篇。

原文と書き下し

「凡戰者、以正合、以奇勝」(凡そ戦う者は、正を以て合し、奇を以て勝つ)。「奇正相生、如循環之無端」(奇正相生ずること、循環の端無きが如し)。「激水之疾、至於漂石者、勢也」(激水の疾くして石を漂わすに至る者は、勢いなり)。「鷙鳥之疾、至於毀折者、節也」(鷙鳥の疾くして毀折に至る者は、節なり)。「治亂、數也;勇怯、勢也;彊弱、形也」(治乱は数なり、勇怯は勢なり、強弱は形なり)。

原文の意味

原文は、大軍を少人数のように治めるのは分数、闘わせるのは形名によるとし、全軍が敵を受けて崩れないのは奇正によると述べる。戦いは正で敵と合い奇で勝つもので、奇正は円環の端のように尽きない。激水が石を漂わすのが勢、鷙鳥が獲物を打ち砕くのが節で、勢は険しく節は短い。乱は治から、怯は勇から、弱は強から生じるとも言う。善く戦う者は勢に求め、円石を千仞の山で転がす喩えで結ぶ。

篇の中での流れ

篇は分数・形名から入り、奇正、碬を卵に投げる虚実の喩え、「以正合、以奇勝」と進む。奇の尽きなさを天地と五声にたとえ、「戦勢は奇正に過ぎず」で奇正相生に至る。次に激水と鷙鳥で勢と節を示し、乱・怯・弱の話が「治乱は数、勇怯は勢、強弱は形」にまとまり、この「形」は形篇の題と同じ字である。末尾は勢に求める話と、木石・円石の喩えである。篇名は十一家注本の頁が「勢」、通行本の頁が「兵勢」と書く。

注釈で読みが割れるところ

正と奇の中身は注で分かれる。曹操は、先に出るのが正・後が奇(三軍之衆の注)とも、敵に当たるのが正・傍から突くのが奇(以正合の注)とも注す。梅堯臣は静が正・動が奇、何氏は義による挙兵が正・臨機の変が奇。張預は、正兵で合戦し奇兵で傍や後ろを撃つと注し、鄭が燕師を防いだ例(『左伝』隠公五年)と唐太宗の語を引く。『問對』卷上では李靖が前向を正、後却を奇と言う。Guo Qiyong らの章(2026)は、正/奇を実/虚・動/静と並ぶ対の概念とみる。

よくある言い換えとのずれ

「勢いで押し切る」と言い換えると、原文の組み立てからずれる。勢は激水や円石の喩えで、高みから険しく落ちる形が生む力とされる(杜牧・孟氏の注)。対をなす鷙鳥の「節」は、杜牧が遠近を量って打つことと注し、原文は「其の節は短し」と言う。原文は治乱を数、強弱を形に割り振り、勇怯を勢の側に置く。木石も、安らかなら静まり、危うければ動き、方なら止まり、円なら行くと書く。