四間取

屋根と間取りの型

土間を除いた床上を、田の字に四室へ割った平面です。ふだんは建具で仕切り、法事や祝いのときは外して一室に戻せる割り方で、近世後期の民家に広がりました。

どんな形か

土間を除いた床上が、二列二室の四部屋に割れた平面です。道や庭に面した側に客を通す座敷と日常の居間が並び、その奥に寝間と納戸が控えます。四つの境はどれも壁ではなく、柱と鴨居に襖と障子を落とし込んだだけで、床の高さは通してそろいます。建築史の記述では整型四間取と呼び分け、俗称として「田の字型」の言い方も添えられます。土間の側から眺めると、板の間と座敷の境が縦横の十字を描きます。

なぜその形になったか

仕切りを外せば一室に戻せることが、この割り方の理由です。ふだんは襖で四つに分けて寝る場所と客を通す場所を離し、法事や祝いのときは建具を抜いて床上をひと続きの広間にします。人を集める行事を家の中で引き受けるには、常設の壁より抜き差しできる境のほうが都合がよかったためです。田畑の仕事に合わせ、土間寄りの部屋を作業と食事に回す使い分けも重なります。

見分けの決め手

土間に続く床上が、一室のままか二つに割れているかを数えます。四間取では通り土間沿いに二室、その奥にもう二室が並び、真ん中に柱が一本立ちます。境の鴨居が縦横どちらにも通っているかも手がかりで、外した建具を納める溝が四つの境すべてに残ります。改造で壁を入れた家は割り方が読めなくなるため、天井の竿縁の向きと畳の敷き方を合わせて見ます。

取り違えやすい相手

広間型(三間取)が相手です。土間に続く板の間が一室のままなら広間型で、そこが二つに割れていれば四間取に寄ります。神奈川県川崎市の日本民家園にある旧北村家住宅は17世紀後半の遺構とされ、広間型の例として説明されます。兵庫県の古井家住宅も土間脇に広い一室を取ります。部屋数だけでは決まらず、六間取へ増えた家でも骨格はこの割り方の延長です。

どのあたりで見られるか

一棟の名物ではなく、近世後期に全国へ広がった平面です。床上を歩いて確かめられるのは移築して公開している民家園で、神奈川県川崎市の日本民家園、大阪府豊中市の日本民家集落博物館、岐阜県高山市の飛騨民俗村には上がれる建物があります。中門造のように外観が土地で違う民家でも、床上の割り方はこの形に収まる例が知られます。現役の住居は敷地の外から見える範囲にとどめます。