合掌造

屋根と間取りの型

叉首を三角に組んだ、急勾配の切妻屋根の民家です。屋根裏を二層三層に区切って蚕を飼ったため、住まいの上に作業場が積み上がった形になりました。

どんな形か

二本の材を頂部で合わせて三角に組む叉首を何組も並べ、その上を茅葺でおおった急勾配の切妻造です。柱で受ける小屋組と違い、梁の上で三角形が自立する骨組みのため、屋根の内側に柱の立たない広い床が取れます。暮らす階は一階だけで、その上に二層から四層の屋根裏が重なり、床は簀子や板で張られます。岐阜県大野郡白川村の和田家住宅、富山県南砺市の村上家住宅がその例で、どちらも国の重要文化財です。

なぜその形になったか

屋根裏が要ったのは、蚕を飼う場所を家の中に作るためです。田の広がらない山あいでは養蚕が現金収入になり、桑を食べる蚕には日の差す乾いた床が要りました。囲炉裏の煙が下から上がり、茅と蚕棚をいぶして虫と湿りを抑えます。富山県南砺市の五箇山では床下で塩硝を作った記録も残り、屋根裏と床下の両方が仕事の場でした。屋根を急にしたのは雪を滑り落とし、雨を早く流すためで、茅葺は水を含むと重くなります。

見分けの決め手

妻の面を正面から見て、三角形の骨組みが一本の棟まで届いているかを見ます。叉首は屋根の傾きそのままに立ち、内側に小屋束や水平材が少ないのが特徴です。妻の面には採光と風抜きの窓が段で並び、出入りは妻入ではなく長い平側からです。棟から軒までの勾配は急で、水平10に対して高さ15前後になります。遠くからでも三角が細長く、屋根の面が壁より大きく見えます。

取り違えやすい相手

多層民家と迷います。どちらも屋根裏を何層も使う養蚕の家ですが、屋根が切妻か寄棟か、小屋組が叉首か和小屋かの二つで切り分けます。山形県鶴岡市へ移された旧渋谷家住宅は「一重三階、寄棟造、茅葺」と記され、妻側だけを垂直に切り上げた形です。神奈川県川崎市の川崎市立日本民家園へ移築された旧江向家住宅と並べれば、屋根の稜線の数の違いが分かります。

どのあたりで見られるか

庄川の谷ぞい、岐阜県大野郡白川村と富山県南砺市の五箇山に集まります。白川村荻町、南砺市の相倉と菅沼は「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界遺産に登録され、家並みとして残っています。移築されたものは神奈川県川崎市の川崎市立日本民家園や大阪府豊中市の日本民家集落博物館にあります。茅葺の葺き替えは集落で人手を出し合う仕事です。今も人の住む家が多く、敷地には入りません。