エトワール
印象派
エドガー・ドガ/1876〜77年
どんな絵か
舞台の上で片脚を伸ばし、ポーズを決めた瞬間の踊り子。縦58cm×横42cmと小さく、カンヴァスの油彩ではなく紙にパステルで描かれている。白い衣装だけが強く光り、まわりは薄暗い書き割りで埋まっている。
どこを見るか
客席の高い位置から見下ろす角度で、舞台の床が斜めに走る。踊り子は画面の中心より下にずらして置かれ、上には広い空白が残る。この空きが視線の抜けになって動きの先を想像させる。書き割りのかげには黒い服の男が半分だけ見え、白い衣装とのコントラストが効く。
使われている技法
紙に刷った1回きりの版画(モノタイプ)の上から、パステルを重ねている。下の刷りが暗いトーンを受け持ち、パステルは光る部分だけを担うので、チュールが軽く透ける。粉を擦り込む描き方は、視力の衰えていた画家に向いていたとも言われる。
描かれた背景
ドガはオペラ座に通い、本番の舞台よりも稽古場や袖の様子を数多く残した。この一枚も1876〜77年ごろの制作。写り込む黒服の男は踊り子を後援した客と読まれることが多いが、特定はされていない。カイユボットの遺贈でフランスに入り、オルセー美術館蔵。
解説動画: 袖の黒服の男は誰か、なぜ踊り子を描いたか/山田五郎 オトナの教養講座
袖の黒服の男を誰と見ているか: 影に入って半分だけ見える黒服の男を、この踊り子を金銭的に囲っている裕福な客だと読み、得意げな顔で見ていると解釈している。当時のオペラ座の踊り子は主役級でも給料が安く、後援者がつかないと続けられない立場だったことを根拠に置く。ドガの踊り子の絵には、いなくてもいい中年の男がしばしば描き込まれているとも指摘する。
なぜ踊り子ばかり描いたのか: ドガは美術学校を出てサロンの常連だった、印象派の中では異色の画家だと説明する。まぶしさに弱い目の病気で屋外の光が苦手だったため、外光ではなく舞台の人工照明の効果を追い、素早いデッサンで一瞬の動きを捉えるのが得意だった。舞台の踊り子はその両方に合う題材だった、という見方を示している。
パステルとモノタイプを使う事情: 父の死後に実家の銀行の借金を背負い、売れる絵を数多く仕上げる必要があったと語る。踊り子の絵は印象派展の中でもよく売れた。油彩では間に合わないので、乾かす手間のいらないパステルと、背景をインクの刷りで作るモノタイプを併せて使い、油彩とは比べものにならない速さで数をこなしたと説明している。
こちらに目線が来ない: ドガの踊り子はほとんど正面から顔を見せず、背中や足を覗くような位置から描かれていると指摘する。この絵でも踊り子と目は合わない。女性とまともに話せない人だったという友人の証言も引きながら、醜い老人と若い娘を並べる「不釣り合いなカップル」という西洋絵画の古い画題に近い、屈折した関心が出ていると解釈している。