印象・日の出
印象派
クロード・モネ/1872年
どんな絵か
48×63センチと、当時の展示作としては小さいカンヴァス。ル・アーヴル港の朝もやのなかに、オレンジ色の太陽と二艘の小舟。奥の帆船やクレーンは輪郭がほどけ、影のようにしか描かれていない。パリのマルモッタン・モネ美術館蔵。
どこを見るか
太陽は強烈に見えるが、実は周りの空と明るさがほぼ同じで、白黒にするとほとんど消える。効いているのは明るさではなく色相の差で、青灰色の海と空に補色に近いオレンジがひと粒だけ置かれている。水面の反射は横に短く切った筆あとの反復とパターンで、そこだけが動いて見える。
使われている技法
油彩。下描きを詰めず、現場で短時間に置いた筆あとをそのまま残す。絵の具は薄く、下の地が透けているところもある。輪郭を追わずに色の塊で捉えるやり方は、絞りを開けて背景を溶かした写真の見え方に近い。
描かれた背景
1874年の第1回展に出品され、批評家がこの題名をもじって描き手たちを呼んだのが印象派という名の始まりとされる。制作は1872年で、天文と気象の記録から同年11月13日の朝7時35分ごろの光と特定した研究がある。
解説動画: 印象派の名の由来を、批評の原文から見直す/山田五郎 オトナの教養講座
通説をどう疑っているか: 批評家がこの絵を「描きかけの壁紙のほうがまだまし」と酷評し、そこから印象派という名が生まれたという通説を取り上げ、その元記事の全文が今は読めるようになったと述べる。1874年4月25日の風刺新聞に載ったルイ・ルロワの評を訳したうえで、聞いてきた話とはニュアンスが違う点が三つあるという。
記事は物語仕立てだった: 記事は、語り手が古典主義のアカデミー画家を第1回展に案内するという設定で書かれていて、酷評しているのは案内される側の登場人物だと説明する。壁紙の台詞もその流れの中の一つで、ルロワ自身はむしろ彼らのやっていることに理解を示している。だから呼ばれた側がその名を受け入れたのも納得できる、という見方をとる。
題名と、名前の出どころ: モネはこの絵に題名を付けておらず、カタログ係だったマネの弟に急かされて「印象・日の出」としておけと答えたらしいと述べる。一方で記事は表題からして「印象主義者たちの展覧会」で、ピサロやシスレーの前でも「感じが出ている」が繰り返される。「印象」は最初から鍵語だったから、名前がこの一枚だけから来たとは言い切れないという。
何が叩かれ、何が認められていたか: 叩かれたのは、調子の移り変わりを作らずに色の塊を点で置いていく描き方で、波も点を並べただけだと言われる。一方でルロワは、朝もやの海の「感じが出ている」という長所を正確に押さえていたと評価する。写真では捉えられない感じ、今でいう空気感を出すことが彼らの狙いだったから、その名を悪くないと思えたのだと述べる。