草上の昼食
印象派
エドゥアール・マネ/1863年
どんな絵か
森の中で、服を着た男二人と裸の女性が並んで座り、奥ではもう一人が水に入っている。縦208cm×横265cmと、本来は歴史画に使う大きさのカンヴァス。手前には脱いだ服と果物が転がっている。
どこを見るか
裸の女性がこちらをまっすぐ見返してくるので、まず目が合う。三人は三角構図に組まれ、手前の青い布と果物が下の頂点をつくる。奥で水に入る人物は距離のわりに大きく、遠近法の辻褄が合わない。光は正面から平らに当たり、体の階調が飛んでいる。
使われている技法
カンヴァスに油彩。中間の調子を省いて明るい面と暗い面を直接つなぐので、肌が紙を切り抜いたように平たく見える。当時の批評はこの明度の跳び方を未完成だと叩いた。構図はラファエロの下絵による版画と、ルーヴルの《田園の奏楽》を下敷きにしたとされる。
描かれた背景
1863年、公式のサロンに落選し、皇帝ナポレオン3世が設けた落選展に《水浴》の題で出された。裸そのものより、神話でも寓話でもない同時代の服装の男と裸の女を同じ画面に並べたことが問題にされた、と説明されることが多い。オルセー美術館蔵。
解説動画: 服を着た男と裸の女、なぜここまで叩かれたか/大人の美術鑑賞
画面で何が起きているか: 身なりの整った男2人と裸の女性、奥に薄着で水浴びする女性。脱いだ服が転がっているので、着られるのにあえて着ていないことになると読む。女性の体は男の方を向くのに顔だけ正面で、じっとこちらを見ている。奥の人物はボートと比べて大きすぎるが、下絵では小さく描かれており、比率のずれは意図的だと見ている。
なぜここまで嫌われたか: 縦横2メートル以上で目立ったうえ、当時のサロンの決まり(主題は歴史・聖書・神話、肌は陶器のように滑らかに、筆あとは残さない)にことごとく背いていた。落選展では馬鹿にして笑うために人が集まり、子どもの目を覆って走り去る母親や、杖で絵をつついた紳士までいたと伝えている。
問題は裸そのものではない: 神話や聖書の女性の裸は許され、現実に生きている女性の裸を描くことは禁じられていた、と説明する。しかもこの女性は恥じらわず、自信をもってこちらを見る。「ベルベットに身を包んだ2人の男が、美貌だけを身にまとった女と美しさについて語り合っている」という当時の批評を引き、絶え間ない悪口がどんなに心をえぐるかとマネが語ったことにも触れる。
モデルはその後どうなったか: モデルはオランピアと同じヴィクトリーヌ・ムーラン。ヌードモデルとして稼いでいたため本当に娼婦だと思い込まれ、若くして客と命を絶ったという伝説まで生まれたが、実際は自分が画家になり、サロンの決まりに沿った絵である程度成功し、83歳まで生きたと紹介している。