手挟

彫りと飾りの部材

時代: 江戸

向拝の柱と垂木のあいだの三角を埋める板です。隙間を塞ぐ役から始まり、時代が下るほど彫りが深くなって、面から浮き上がる主題を載せる場に変わります。

何をしている部材か

向拝では、柱の上を渡る虹梁と、そこから斜めに上がる垂木とのあいだに三角の隙間が空きます。手挟はここへ左右から差し込む板で、隙間を塞ぎ、同時に彫りを見せる場になる部材です。屋根の荷重は柱と梁が受けるため、板そのものは軒を支えていません。埼玉県の歓喜院聖天堂、長野県の善光寺本堂、京都府の北野天満宮本殿、石の間、拝殿及び楽の間のように、向拝を出す堂と社殿の両方に付きます。

見分けの決め手

向拝の柱の真上、梁と垂木に挟まれた三角に、面をこちらへ向けた板が入っているかを見ます。手挟は左右で対になり、彫りの主題も左右で対応します。板が薄く、彫りが輪郭の内側で収まるものほど古い形で、下るにつれて厚みが増し、枝や波が板の外へ抜けていきます。同じ柱の木鼻と上下に並ぶことも多く、彫りが二重三重に重なるものは近世の姿です。

どの様式・時代に多いか

中世の向拝にも例はありますが、彫りが主題になるのは近世です。江戸時代には向拝を出す堂と社殿が各地に増え、手挟も定型として付きます。埼玉県の歓喜院聖天堂は板の面から抜ける彫りが濃く、栃木県の日光東照宮本殿、石の間及び拝殿でも同じ扱いです。長野県の善光寺本堂のように、彫りを抑えて輪郭で見せる例も同じ時期に並びます。

取り違えやすい相手

木鼻と笈形が紛れます。隙間を埋める板か、材の端そのものかで分けます。木鼻は貫や梁の木口ですから、柱を挟んだ反対側へ同じ材が続きます。笈形は束の左右に添う板で、中央に束が通るのが形の理屈です。手挟には束も貫も通らず、三角の隙間に合わせて板の輪郭が斜めに切り落とされ、上の辺が垂木の裏へ沿います。

どこに立つと見えるか

正面の階段の下から見上げるのがいちばん近く、柱の頭と屋根の裏の境を追うと左右の板が同時に入ります。真下では奥行きがつぶれるので、数歩下がって斜め前から見ると彫りの深さが出ます。長野県の善光寺本堂や埼玉県の歓喜院聖天堂では向拝の外周を回りながら、京都府の北野天満宮本殿、石の間、拝殿及び楽の間では前庭から見上げると形が読めます。