真珠の耳飾りの少女
バロック・古典
ヨハネス・フェルメール/1665年ごろ
どんな絵か
暗い背景から少女の顔だけが浮かび上がる、縦44.5cm・横39cmの小さなカンヴァス。青と黄のターバンを巻き、肩越しにこちらを振り返る。特定の誰かの肖像ではなく、表情や衣装の面白さを見せるトロニーと呼ばれる種類の絵と考えられている。
どこを見るか
顔が画面のほぼ中央に来る日の丸構図で、背景に手がかりが無いぶん視線が逃げない。明るいのは額・鼻筋・唇・襟、そして耳飾りに置かれた二つのハイライト。上の光の点と下の襟の反射だけで球に見えるので、耳飾りの輪郭も吊るす金具も描かれていない。
使われている技法
カンヴァスに油彩。輪郭を線で締めずに周りの色へ溶かすスフマートに近い扱いで、頬から背景への境がぼける。近年の調査では、今は真っ黒に見える背景に緑のカーテンらしい斜めの線が残り、染料が褪せて暗くなったと考えられている。
描かれた背景
デルフトで活動したフェルメールが1665年ごろに描いた。モデルが誰かは分かっておらず、娘とする説も実在の人物ではないとする説もあって決着していない。長く忘れられていたが1881年にハーグの競売へ二ギルダー余りで出て収集家の手に渡り、1902年にマウリッツハイス美術館へ移った。
解説動画: モデルは誰かの論争と、修復・調査で分かったこと/山田五郎 オトナの教養講座
モデルの問いにどう答えているか: モデルは誰かという問いに、結論から言えば分からないと答えている。分からないからこそ論争が盛り上がり、モナ・リザと同じ形で人気が出たという見方を示す。日本での知名度も1999年の小説と2003年の映画から広がったもので、それ以前は「青いターバンの少女」と呼ばれていたと振り返っている。
見つかったときの状態と修復: 1881年にハーグの競売へ出たときは汚れて誰の作品かも分からない扱いで、いまの貨幣価値にしてもごくわずかな額で落札されたと語る。洗浄すると黒地に黒で書かれた画家のモノグラムが現れた。1994〜96年の修復では黄ばんだニスを除き、唇の小さな光の点が戻り、真珠のあたりの白い点は過去の修復で浮いた絵具と分かって取り除かれた。
調査で分かってきたこと: いま黒く見える背景は、骨を焼いた黒の上に藍と植物からの黄を混ぜた緑を塗ったもので、植物性の染料が褪せて緑がほとんど残っていないと説明する。2018年の公開調査では、まつげを描いた痕跡と背景にカーテンらしい形跡が見つかったという。ターバンの青は同じ重さの金ほどの値と言われた高価な顔料だとも述べる。
モデルをめぐる説: 特定の誰かではなく典型的な顔を描くトローニーだとする側は、競売の記録、眉が描かれていないこと、背景の無さ、当時その土地の女性がする格好ではない点を挙げる。一方、そこまで高価な青を使う以上は依頼された肖像だろうという反論もあり、娘や女中、パトロンの縁者が候補に挙がる。解説者自身は、深緑の背景と振り返る姿勢からイタリアの肖像画を意識した理想像ではないかと見ているが、決め手になる証拠は無いとしている。