わかりやすさを効き目と取り違える
学習の思い込み
すらすら分かる説明ほどよく学べているという思い込み
よく言われること
「この説明はわかりやすいから身についた」という感じ方は、教材や講義を選ぶときの基準として広く使われています。すらすら頭に入る説明ほど良い教材で、つまずかずに読み進められたなら学べている、という前提です。逆に難しく感じる授業は教え方が下手なのだと受け取られ、手応えの良さが選ぶ基準として残ります。同じ物差しは、自分の勉強の進め方にも当てはめられます。
実際はどうか
同じ内容を扱っても、本人の「学べた感じ」と実際に測った学習量は別に動くという報告があります。能動的に取り組んだ側のほうが後のテストの成績は高いのに、自分では学べていないと感じるという向きでした。ただし裏づけは大学の物理の授業1件で、あらゆる学びに同じ形で広がるとは言えません。教え方の良し悪しの話でもありません。
なぜ広まったか
説明がうまいと処理が滑らかになるので、その軽さがそのまま理解の深さとして感じられます。教える側も受け取る側も、その場の手応えのほかに手がかりを持っていません。わかった気は覚えたかどうかとずれて動くので、分かりやすさが手応えを上げるほど判断は狂いやすくなります。良い説明ほど取り違えを起こしやすい形です。
どう言えば正しいか
「わかりやすい説明は入口として役に立つが、学べたかどうかは閉じて思い出せるかで測る」と言えば混ざりません。説明のうまい教材を避ける必要はなく、測りを手応えの側から外すだけです。検算の手順は分かったつもりを検算するが扱い、その場では手間でも後で効く難しさは望ましい困難が扱います。分かりやすさを捨てるという話ではありません。
確かめられ方
Deslauriers ら 2019 は、同じ教材で無作為に分けた大学の物理の授業で、能動的に取り組んだ側の学習量が多いのに本人の評価は低いことを示しました。対象は大学の学部生で、扱われたのは1つの授業の1単元にとどまります。Miyatsu ら 2018 は流暢さを学習と取り違えるのを最大の失敗として挙げていますが、難しくすれば良いという向きの裏づけではありません。
解説動画(海外・英語): Overcoming Illusions of Competence, Dr. Elizabeth Bjork/LastingLearning.com
流暢さの正体: 調査では8割を超える学生が、章をもう一度読むことをいちばん好きな勉強法に挙げると紹介されます。一度読んだ文章は二度目にすらすら進み、分かっている・これは簡単だという感じが生まれます。ただしその手応えは、同じ言葉を同じ並びで見たことによる低い水準の下地から来ていて、中身が分かっている証拠にはならないと述べられます。
感じは測りにならない: 流暢さは誤解を招くもので、学べている・理解できているという錯覚を作ると言い切られます。すらすら進む感じの強さと、あとで思い出せるかは別のものです。自分の手応えを進み具合の測りに使うと外れるという、わかった気そのものの話で、では何を測りに使うのかという問いが残ります。
自分を試す: 勧められているのは、情報を自分に見せ直すのではなく、その情報について自分を試すことです。テストをすると、思っていたほど知らなかったことがその場で表に出ます。分かった感じが崩れることそのものが、読み直しでは得られなかった手がかりになる、という並べ方になっています。
思い出すと変わる: テストのもう一つの働きは、思い出す過程が記憶の残り方を作り替え、あとで思い出しやすくする点です。これは記憶から引き出したときに自動的に起こり、うまく思い出せたあとはとくに強く働くとされます。同じ時間をかけるなら見せ直すより思い出す練習だ、という結びです。