フランス積み
材料と仕上げ
時代: 明治以降
同じ一段の中で、長手と小口が交互に並びます。上下の段で位置をずらすため正面が市松に見え、学術的にはフランドル積みと呼ぶ形にあたります。
どんな材料・造作か
一つの段の中で長手と小口を交互に置き、上の段では小口が長手の中央に来るようにずらす積み方です。正面が市松の目になり、離れていても目地の並びで見当がつきます。学術的にはフランドル積みと呼ぶ形ですが、文化財の指定説明でも「フランス積」の通称が使われています。壁の中では継ぎ目が縦に通りやすく、同じ厚みならイギリス積みより弱いとされます。群馬の旧富岡製糸場は、木の骨組みの間にこの積み方の煉瓦を詰めて建っています。
見分けの決め手
一段だけを左右にたどり、長い面と短い面が順に現れるかを見ます。段ごとに向きが揃うイギリス積みと違い、こちらは一段の中で入れ替わるため、正面に市松の目が出ます。段の端では幅を詰めた煉瓦が入り、そこで割り付けを調整します。長崎の小菅修船場跡の曳揚げ小屋は、「こんにゃく煉瓦」と呼ばれる不揃いな煉瓦で積まれており、目地が厚く粗いぶん、市松の目も大きく荒く見えます。煉瓦一つ一つの形の乱れも、初期の手がかりになります。
いつ頃のものか
幕末から明治10年代までに多く、年代を読む手がかりになります。神奈川の横須賀に開かれた旧横須賀製鉄所はフランス人技師ヴェルニーの指導で始まり、そこで働いた職人を通じて各地へ積み方が伝わりました。群馬の旧富岡製糸場は1872年(明治5年)の操業開始、長崎の小菅修船場跡は1869年(明治2年)の完成で、どちらも国の指定を受けています。明治後期以降の例も残るため、フランス積みだから古いとは決めきれません。
取り違えやすい相手
イギリス積みが最も紛らわしく、一段の中に長短が混じるか、段ごとに揃うかで分けます。呼び名も取り違えのもとで、英語で French bond と呼ぶ積み方とは別のものを指すという指摘があり、名称はまだ定まっていません。愛知県犬山市の博物館明治村に移された煉瓦造や、東京に残る明治後期の壁と見比べると、市松の目の有無がはっきりします。同じ時期の擬洋風建築は、木と漆喰で洋風を作った別の系統です。