銅板張り
材料と仕上げ
時代: 明治以降
木造の正面に、薄い銅板を張って包みます。板の縁を折り重ねて留めるため釘が表に出ず、その割り付けがそのまま模様になります。
どんな材料・造作か
木造の表側だけに薄い銅板を張り、隣り合う板の縁を折り重ねて留めた仕上げです。折り目(はぜ)で継ぐので釘の頭が表に出ず、雨を通さないうえ、木の面を火の粉から守る覆いにもなります。関東大震災の後、東京では店舗の正面を燃えにくくする必要があり、当時は手に入りやすかった銅が選ばれました。張り分けの割り付けが模様になり、正面そのものが店の看板の役目を果たします。板は薄く、下地の木の凹凸がうっすら映ることもあります。
見分けの決め手
板と板の継ぎ目に、細い折り筋が浮いて見えるかを探します。折り筋は板の寸法に沿って規則正しく走り、青海波や矢羽根のように見える割り付けになる例もあります。色は張った直後の赤みから黒褐色を経て緑青の緑へ移るため、同じ通りでも建った年で色が違います。東京都小金井市の江戸東京たてもの園には、丸二商店など銅板で包んだ表構えが移されています。軒先や霧除けの小口まで同じ板で包まれ、継ぎ目の線が回り込みます。
いつ頃のものか
1923年(大正12年)の関東大震災の後から昭和10年代に集中します。焼けた町を建て直す時期に、木造の表だけを燃えにくい材で覆う看板建築が広まりました。戦時の金属供出で剥がされた例もあり、残るものは限られます。同じ作りは東京の外にもあり、埼玉県川越市の旧湯宮釣具店、茨城県石岡市の十七屋履物店、静岡県三島市の懐古堂ムラカミ屋が、登録有形文化財として残っています。銅板か塗りかは、一棟ごとに違います。
取り違えやすい相手
屋根に葺いた銅板葺とは、同じ材でも張る場所が違います。壁として立ち上がっているか、勾配の付いた屋根に載っているかで呼び分けます。亜鉛鉄板(トタン)張りとは古び方が違い、トタンは錆びて赤茶に、銅は緑青の緑へ向かいます。緑色の塗装は継ぎ目の折り筋が無く、面が均一なので、近づけば分かれます。正面だけ銅、側面はトタンという建物もあります。表と横を続けて見ると、材の切り替わりが分かります。