長屋門
外まわりの造作
門の両脇を部屋にして、長屋と門を一棟にまとめたものです。中央の通路が門にあたり、左右は住まいや納屋として使われます。
どんな形か
横に長い一棟の中央を通路にして、左右を部屋で埋めた門です。棟は横一直線に通り、通路の上まで同じ屋根がかかります。両脇の壁には格子窓が並び、内側には床を張った部屋が入ります。扉は中央の一間から二間に収まり、脇に潜り戸を設ける例もあります。文化遺産オンラインには長屋門の名で530件が載り、東北の阿部家住宅(遠入)長屋門、関東の繁田家住宅長屋門、九州の佐伯家住宅長屋門と地方が分かれます。
なぜその形になったか
門を建てるついでに、人と物を置く場所を確保したためです。武家屋敷では通路の脇に供部屋や中間部屋を入れ、門番と奉公人がそこで寝起きしました。豪農の屋敷では納屋や作業場、厩を脇に納め、屋敷の入口と収納を一棟でまとめています。塀を長く回すより、居場所のある建物で敷地の正面を締めるほうが用に合ったと説明されます。
見分けの決め手
脇に床を張った部屋があるかが決め手です。門だけの建物なら通路の左右に柱と壁しかありませんが、長屋門では窓と床を持つ居室が続きます。屋根は上下に分かれず、通路の上へ別の階を載せません。外からは格子窓の並びと、壁の下に回る下見板や海鼠壁の腰で見分けられます。棟の長さが門の幅の何倍にもなることも手がかりです。
取り違えやすい相手
櫓門と、薬医門・棟門が相手です。上に櫓が載るか、脇が居室かで分かれます。兵庫県の姫路城菱の門や京都府の二条城東大手門のような櫓門は石垣や土塁に取り付き、上階に狭間や石落としを備えます。青森県の弘前城三の丸追手門も同じ造りです。薬医門と棟門は柱と屋根だけで、脇に部屋を持ちません。門の幅よりも棟が左右へ長く伸びていれば、長屋門の側に寄せて考えられます。
どのあたりで見られるか
武家町と、豪農の屋敷が残る在郷町で見られます。文化遺産オンラインの五百三十件は東北から九州まで散らばり、一つの土地の名物ではありません。秋田県仙北市角館町のような武家町では、門と塀の構えがそのまま通りの表情になります。住まいとして使われている門は敷地の外から見るにとどめます。正面ではなく道に沿って横へ回り、棟の長さと窓の並びを追うと、門と長屋のつながりが読めます。