連結式天守
天守の形
時代: 安土桃山
大天守と小天守を、渡櫓や橋台でつないだ形です。二棟が離れて建ちながら屋根続きになるため、外からは低い建物が間に挟まって見えます。
何のためのものか
大天守と小天守を、渡櫓や橋台でつないだ天守です。二棟のあいだを屋根と壁で結ぶと濡れずに行き来でき、その通路そのものが横から矢を掛ける場所にもなります。長野県の松本城は大天守と乾小天守を渡櫓で結び、辰巳附櫓と月見櫓まで続く一連の建物になっています。愛知県の名古屋城も大天守と小天守を橋台でつなぐ形で、熊本県の熊本城の天守群も同じ組み立てでした。
見分けの決め手
二棟のあいだに、屋根の低い細長い建物が挟まっているかどうかです。挟まっていれば連結式、直に接していれば複合式天守になります。長野県の松本城は国宝の指定が天守・乾小天守・渡櫓・辰巳附櫓・月見櫓の5棟に分かれ、何と何がつながっているかが指定名称そのものに表れます。再建された天守では、つなぎの建物が省かれている場合があります。愛知県の名古屋城は焼失後の再建で、つながりも作り直されています。
いつ頃のものか
安土桃山から江戸初期に例の多い形です。長野県の松本城天守は1590年代の建造とされ、渡櫓と乾小天守も同じ時期、辰巳附櫓と月見櫓は江戸前期の増築と説明されます。一つの天守群でも、部分ごとに年代が違います。愛知県の名古屋城の天守群は1945年に、熊本県の熊本城の天守は1877年に失われており、いま建っているのはいずれも後の再建です。年代は棟ごとに確かめます。
取り違えやすい相手
複合式天守と連立式天守の二つが相手です。上から見た形が輪になって閉じるかどうかが手掛かりで、閉じれば連立式、一列や鉤の手で終われば連結式です。広島県の広島城は大天守に二つの小天守が連なる形でしたが、いま建つのは大天守だけの再建で、外からは単独の天守に見えます。現存する建物と再建された建物を分けて見ないと、形の判断を誤ります。
どこに立つと見えるか
二棟が重ならない方向を探して、横から見ます。正面に立つと小天守が大天守の陰に入り、渡櫓の存在が消えます。長野県の松本城は水堀の対岸、南西寄りから五棟の連なりが一列に見えます。愛知県の名古屋城は本丸の外から、熊本県の熊本城は二の丸の広場からが、二棟と間のつなぎを同時に収められる位置です。午後の光では西面に影が落ち、屋根の段差が読みやすくなります。