望楼型天守
天守の形
時代: 安土桃山
入母屋造の大屋根の上に、物見の望楼を載せた形です。下の大屋根が上階の広さを決めるため、上下で建物の輪郭がそろわないところに特徴が出ます。
何のためのものか
入母屋造の大屋根を持つ基部の上に、物見のための望楼を載せた天守です。大きな入母屋の建物を先に建て、その上へ小ぶりな楼を継ぎ足すため、下の基部の平面が、上階の広さと位置を決めます。基部は櫓や倉として使える広さがあり、上に載る楼は小さく軽く、土台を組み直さずに高さを稼げます。遠くを見張る場所を、すでにある建物の延長として作ります。愛知県の犬山城天守、滋賀県の彦根城天守がこの形で、いずれも国宝に指定されています。
見分けの決め手
いちばん下の重に、入母屋の大屋根が回っているかを見ます。望楼型では下の一重から二重ぶんが一つの大屋根に覆われ、そこから上の望楼だけが細く立ち上がります。島根県の松江城天守は下部の平面に対して望楼が小さく載るため、上下の輪郭がずれて見えます。入母屋破風が正面へ大きく向いていたら、まずこの形を疑います。ただし後から足した千鳥破風は屋根の途中に付くので、最下重を覆う大屋根とは別のものとして数えます。
いつ頃のものか
16世紀後半から17世紀初め、安土桃山から江戸初期の天守に多い形です。島根県の松江城天守は「慶長十六年」と記した祈祷札が天守の柱に残る痕跡と合い、1611年の完成が裏づけられて2015年に国宝へ指定されました。滋賀県の彦根城天守は慶長期の建造とされ、三重の屋根の上に小さな望楼を載せます。愛知県の犬山城天守は下部と望楼で建てられた時期が違うとする見方があり、築造年はまだ定まっていません。
取り違えやすい相手
層塔型天守が相手です。最下重に入母屋の大屋根が見えるかどうかが分かれ目で、層塔型では同じ形の屋根が規則的に小さくなりながら重なります。破風の数では決まらず、後の時代に千鳥破風を足して望楼型らしく見せた天守もあります。福井県の丸岡城天守は二重三階の小ぶりな望楼型、高知県の高知城天守は四重六階と、同じ形でも大きさの幅は広く、規模の大小からは判断できません。
どこに立つと見えるか
大屋根の全体が入る距離まで下がり、正面をはずして斜めから見上げます。真正面では大屋根と望楼が重なり、段の切り替わりが読めません。滋賀県の彦根城天守は表門側の坂を上がった広場から、島根県の松江城天守は本丸の南寄りから、大屋根と望楼の関係が見えます。朝夕の斜めの光では屋根の面ごとに明暗が分かれ、どこまでが一つの屋根かをつかみやすくなります。愛知県の犬山城天守は木曽川の対岸からも全体が入ります。