複合式天守

天守の形

時代: 安土桃山

天守に付櫓が直に取り付き、そこが出入口になる形です。天守へ入る者はまず一段低い付櫓へ入り、折れ曲がってから天守の内部へ進みます。

何のためのものか

天守に一段低い付櫓が直結し、そこを通って天守へ入る形です。入口を天守本体から離し、狭い付櫓の中で向きを折らせることで、寄せ手がまっすぐ天守の内部へ達しないようにします。滋賀県の彦根城天守は指定名称に「附櫓及び多聞櫓」を含み、島根県の松江城天守も正面に附櫓が付きます。附属する建物まで含めて一つの指定になっているのが、記録の上での特徴です。

見分けの決め手

天守の一階の壁面に、屋根が一段低く取り付く箇所を探します。付櫓は天守より低く小さく、棟が初重の軒下へ潜り込むように接します。愛知県の犬山城天守は入口側に付櫓が付き、島根県の松江城天守は正面中央からまっすぐ突き出ます。間に渡櫓を挟んで離れて建つ場合は、この形に数えません。呼び名は城ごとに違い、岡山県の岡山城では塩蔵と呼ばれていました。名前より、接し方を見ます。

いつ頃のものか

安土桃山から江戸初期の天守に多い形です。滋賀県の彦根城天守は1600年代初めの建造とされ、島根県の松江城天守は1611年(慶長16年)の完成が祈祷札から確かめられています。愛知県の犬山城天守は築造年に複数の説があり、下層と望楼で時期が異なるとする見方もあって、一つに定まっていません。入口を厳重にする構えは、天守が守りを担っていた時期の産物です。

取り違えやすい相手

連結式天守と混ざります。間に渡櫓を挟むか、直に接するかが分かれ目になります。複合式では付櫓の屋根が天守の壁へ食い込み、両者のあいだに別の建物が入りません。岡山県の岡山城のように付属部が失われた城では、残る礎石や指定説明にあたらないと判断できません。長野県の松本城天守は渡櫓で小天守と結ばれつつ附櫓も持ち、複合連結式と説明されることがあります。

どこに立つと見えるか

正面ではなく、付櫓のある面が斜めに見える角度に立ちます。真正面からでは付櫓が天守に隠れ、取り付きの高さが読めません。滋賀県の彦根城天守は表門側から、島根県の松江城天守は本丸へ入って右手からが、屋根の重なりを見やすい位置です。愛知県の犬山城天守は櫓門をくぐった正面が近すぎるため、数十歩ぶん下がると付櫓ごと全体が入ります。付櫓の入口は陰になりやすく、光の回る時間に寄ると開口の位置まで見えます。