独立式天守

天守の形

時代: 江戸

天守が一棟だけで建ち、他の建物とつながらない形です。付櫓や渡櫓を持たないため、外からは天守台の上に単独の建物が載って見えます。

何のためのものか

付櫓や渡櫓を伴わず、天守が単独で建つ形です。出入口は天守そのものに開き、外から直接、天守の一階へ入ります。入口が絞られるぶん組み立ては単純で、小ぶりな城や、後の時代に建て替えられた天守に多く見られます。福井県の丸岡城天守、愛媛県の宇和島城天守、香川県の丸亀城天守がこの形で、いずれも重要文化財に指定されています。天守台の上に一棟だけが載るため、外周のどこからでも壁面が見えます。

見分けの決め手

天守台の縁を一周します。他の建物へ渡る屋根が出ていなければ独立式です。四方の壁がそのまま外へ面し、足元に別棟の礎石や取り合いの跡が残りません。香川県の丸亀城天守は三重三階の小さな天守が単独で立ち、愛媛県の宇和島城天守も同じ形です。一階に付く小さな庇や玄関は、付櫓とは別のものとして数えます。見分けは平面の話なので、正面からの姿だけでは決まりません。

いつ頃のものか

江戸期に建て替えられた天守に目立つ形です。福井県の丸岡城天守は天正年間の創建とされてきましたが、坂井市による部材の年輪年代測定を含む調査で寛永年間(1620年代後半から1630年代)の建造とする結果が示され、古い記録による年代が、部材の測定で改まりました。愛媛県の宇和島城天守は寛文年間、香川県の丸亀城天守は1660年(万治3年)の完成と伝えられます。

取り違えやすい相手

まぎらわしいのは複合式天守です。付櫓が明治以降に取り払われた城は、現状だけを見ると独立式に見えます。石垣の上に残る礎石や、壁面に残る取り合いの跡が手掛かりになります。高知県の高知城天守は単独で建つように見えて本丸御殿と接しており、複合式に数える説もあって分類は定まっていません。いまの姿と、建てられた当時の姿を分けて考えます。

どこに立つと見えるか

天守台の角が正面に来る位置から、四方の壁面を順に回ります。一周して他棟へ渡る屋根が出てこなければ独立式です。福井県の丸岡城天守は屋根を石の瓦で葺いており、近くまで寄ると質感の違いが分かります。高知県の高知城天守は本丸の櫓門をくぐった正面から、御殿との接し方まで一度に見えます。愛媛県の宇和島城天守は登城路の折れ曲がりの先に、単独で現れます。