線香の煙が途中で乱れる

部屋と空気

確かめやすさ: 見かけたら分かる

線香の煙がまっすぐ立ちのぼるのは、静かな空気で層流が保たれているからです。

何が起きている?

細い煙のすじがまっすぐ立ちのぼり、数センチから20センチほど上で縁に小さな波が立ち、一瞬でほどけて、渦を巻きながら白く広がって、部屋の中へ薄く散ります。下は糸のよう、上は雲のように見えます。煙がまっすぐ昇ること自体が風の弱さの目印で、米国気象局のビューフォート風力階級は、風力0の陸上の様子を「煙がまっすぐ昇る」、風力1を「煙の流れで風向きが分かる」と書き分けています。リーズ大学のウォードの計算では、乱れが強いほどまっすぐな高さが低くなりました。

なぜそうなるか

柱の縁は、昇る空気とほぼ止まった外気の境目で、レイノルズ数と呼ばれる、流れの勢い(慣性)と粘りの比がせめぎ合う場所になります。Physics Parallax の解説は、浮力の加速で比が変わるため、崩れる高さは温度や気流しだいで一定ではないと説明しています。Noto ら(1999)は、浮力と粘りの比を表すグラスホフ数が、およそ2億から75億の間で乱流に変わると報告しました。Wakitani ら(1988)が示した渦の対も、同じ境目の揺れから起きます。

確かめ方

火を使わなくても、湯気で同じものが見られます。熱いお茶や風呂の湯気を横から見ると、まっすぐな部分とほどける部分の境目が見つかります。境目の高さを、ものさしを当てて何センチかで書き留めてみてください。湯気の柱のそばに手のひらを20センチほど近づけて、ほどける位置が動くか見てください。湯気は熱いので、顔を近づけすぎないようにしてください。

つながる現象

速さの違う空気が隣り合う境目では、わずかなくぼみが引き伸ばされ、巻き上がって渦へと育ちます。この育ち方はケルビン・ヘルムホルツ不安定と呼ばれ、雲の縁に渦が並ぶときも中身は同じです。線状の熱源の上の空気の流れを可視化と温度測定で調べた能登勝久ら(1999)は、乱流の領域にできる大きな渦が、層流のときの揺れと同じ周波数だったと報告しています。そろった流れが乱れへ移る境目は、身の回りの流れのほとんどでよく似た顔をしています。

出典

  1. 動画・英語 Physics Parallax Why Incense Smoke Suddenly Turns Turbulent
  2. 論文・英語 Katsuhisa Noto, Kenji Teramoto, Tsuyoshi Nakajima(1999) Spectra and Critical Grashof Numbers for Turbulent Transition in a Thermal Plume
  3. 論文・英語 Shunichi Wakitani, Hirowo Yosinobu(1988) Transition to turbulence in a plane plume above a horizontal heat source: Measurement of flow properties and flow visualization
  4. 公的機関・英語 National Weather Service(米国気象局) Beaufort Wind Scale
  5. 動画・英語 Daniel Ward(リーズ大学・Leeds Institute for Fluid Dynamics) The dependence of plumes on Reynolds number - Daniel Ward

解説動画(海外・英語): Why Incense Smoke Suddenly Turns Turbulent/Physics Parallax

糸がほどける瞬間: 静かな部屋で線香に火をつけると、先端の近くの煙は定規で引いたような一本の糸で、ほとんど動かない。ところが10センチや20センチほど上で、ふちに小さな波が立ち、締まって巻き込み、一秒に満たないうちに柱全体がほどける。滑らかから無秩序への移り変わりは、指の太さより薄い範囲で終わってしまう。

勢いと粘りの綱引き: 動画は、動く流体の中では二つの働きが競っていると説明する。慣性は動いている空気が今の向きを保とうとする性質で、小さなずれを先へ運び、育てる側に回る。粘りは隣り合う部分どうしの内部の摩擦で、速さの差をならしてゆらぎが育つ前に消す。動画はこれを流れの自制心と呼ぶ。どちらが勝つかで、滑らかなままか乱れるかが決まる。

レイノルズの染料の実験: 1880年代、技術者オズボーン・レイノルズは長いガラス管に水を流し、中心へ色のついた染料を細く注いだ。遅いうちは染料は一本のきれいな糸のままで広がらない。速さを上げると線が揺らぎ、やがて管いっぱいに散った。勢いと粘りのどちらが強いかを表すのがレイノルズ数で、管の流れでは2300あたりから移り変わりが始まる。ただし条件と乱れ次第で前後する。

線香は管ではない: 線香の煙は管の中ではなく、周りより軽い温かい気体が立ちのぼる柱。先端の近くは遅くて細いので粘りがゆらぎを消せる。上るほど浮力が加速させ、周りの空気を巻き込みながら太くなる。上る気体とほぼ静止した空気のあいだにできる速さの差の層が不安定になり、かすかな気流や部屋の振動をきっかけに境目が波打ち、巻き上がって渦になる(ケルビン・ヘルムホルツ不安定の仲間)。

渦の階層と、解けていない問題: 渦どうしは引き伸ばし合い、大きな渦の中に小さな渦、その中にさらに小さな渦と、いくつもの大きさが同時に重なる。1941年にコルモゴロフがこの受け渡しを統計で言い表し、風洞でも海流でも大気でも同じ形が見つかった。動きは最後に粘りの効く細かさで熱になる。それでも流れを記すナビエ–ストークス方程式は三次元で解が滑らかなままかが未証明で、100万ドルの懸賞問題として残っている。