武家町の構え

町並みの構え

通りに面するのが塀と門で、家は敷地の奥に建つ町です。城下町の侍屋敷の地割がそのまま残り、道からは屋根と樹木の頭だけが見えます。

どんな形か

道の両側を塀と生垣が続き、その切れ目に門が開く町です。敷地は一軒ごとに広く割られ、主屋は門から離れた奥に建ちます。道から見えるのは塀と門と、塀越しの屋敷林や庭木の頭で、建物の壁面は通りに出てきません。道は直交やT字に折れる形が多く、先まで見通せません。門を入ってから玄関までの距離も長く、来客は前庭を通ってから建物に着きます。秋田県の仙北市角館では、黒い板塀と門が道の両側に続きます。

なぜその形になったか

城を守る配置と、身分ごとの住み分けが、そのまま町の割り方になったためです。城下町では城に近い側から屋敷が配され、道は折れと行き止まりで、まっすぐ抜けられないように引かれました。屋敷は塀で囲って外から中を見せず、門の構えは家の格に応じて決まります。商いをしない町なので道に開く店を必要とせず、通りに現れるのは境の塀だけになりました。

見分けの決め手

通りに面するのが塀と門か、店の格子かが決め手です。武家町では間口が広く、門と門のあいだが長く続きます。門は薬医門や長屋門で、脇に潜り戸が付きます。塀の材は土塀、板塀、生垣と土地で違い、材だけで町の性格は決められません。塀の高さは大人の背丈を越えるものが多く、道から中の様子は見えません。鹿児島県の南九州市知覧では石垣と生垣が、山口県の萩市堀内地区では土塀が、それぞれ道の両側に続きます。

取り違えやすい相手

同じ選定の枠にある商家町が相手で、通りに立ったときの見え方が裏返ります。道に面して店の開口が並ぶなら商家町で、出格子や大戸が続きます。武家町では同じ位置に塀が来るため、通りの表情が壁と門だけになります。優劣の問題ではなく、町の成り立ちが違うだけです。一つの城下町の中に武家の通りと商いの通りが隣り合う例が多く、一本入ると表情が変わります。

どのあたりで見られるか

城下町の、城に近い一画に残ります。山口県の萩市堀内地区と萩市平安古地区、秋田県の仙北市角館は昭和51年、鹿児島県の南九州市知覧は昭和56年に武家町の種別で選定されています。全国伝統的建造物群保存地区協議会は萩市堀内地区を「近世城下町の侍屋敷としての地割をよく残し、土塀越しにみえる夏蜜柑とともに歴史的風致を形成している」と説明しています。門の前ではなく、塀に沿って道を歩き通すと、屋敷ひと区画の広さが歩数で分かります。