流れ星は写真のように次々に流れる
写真との落差
一枚に何十本も走る流星の写真は、重ね合わせです。数時間ぶんのコマから流星の写ったものだけを選び、位置を合わせて同じ星空に重ねて作ります。
言われていること
流星群の記事に載る写真では、放射点から何十本もの光跡が四方へ伸びています。ペルセウス座流星群のような大きな群では見上げれば同じ密度で流れているという受け取りにつながり、線の数はそのまま一晩の収穫として読まれます。一時間ねばって数本という夜は不首尾として記憶され、撮影データに合成した枚数と総露光時間が書かれていても絵のほうが先に残ります。
目には実際どう見えるか
目に映るのは一瞬の光で、暗順応の進んだ目でも数分に一本という間隔が続きます。同時に二本が走ることはまずなく、出る向きも時刻も選べず、視野の外で流れたぶんは数に入りません。ふたご座流星群のような条件の良い群でも、明るい一本と細く消える多数という現れ方で、写真の光跡ほど太くも長くもなりません。一本が走ってから次までは、同じ一角を見続けても静かなままで、記憶に残るのは一晩で数本です。
どこから広まったか
合成は天体写真では当たり前の手順で、数時間の連続撮影から流星の写ったコマを選び、背景の星を合わせて重ねます。作品の説明では触れられていても、記事へ引用される段になると外れます。しし座流星群が大出現した年の写真も引かれ続け、平年の姿として読まれます。国立天文台が暗い場所で1時間あたり何個と条件を書くのに対し、写真は時間の抜けた一枚です。
何なら本当か
写った光跡の一本一本は、実際に流れたものです。作り物ではなく、時間を圧縮した見せ方という点だけが違います。流星群は一時間に何十個も流れるで扱う数字も同じ空の下の話で、条件のそろった暗い空なら本数はたしかに増えます。国立天文台は街明かりの中や極大期でなければ数分の1以下まで落ちると書いており、写真の本数と自分の一時間は比べる対象になりません。