和様

様式(和様・禅宗様・大仏様)

時代: 平安

大仏様と禅宗様が入る前からの造り方を指す名です。後の時代に付いた呼び方で、平安の工匠がこの語を使っていたわけではありません。

どんな建物・部材か

大仏様と禅宗様が伝わる前からの造り方をまとめて指す名です。後の時代に付けられた呼び方で、平安の工匠がこの語を使っていたわけではありません。柱を長押で横につなぎ、床は板敷とし、開口は連子窓と板扉でまとめます。天井を張り、軒は三手先や出組で受けます。京都府の蓮華王院本堂、奈良県の興福寺北円堂、福井県の明通寺本堂が国宝として国指定文化財等データベースに載ります。

見分けの決め手

柱と柱をつないでいるものが、長押か貫かを見ます。和様は柱の外側へ長押を打ち回し、貫は使っても細部に留めます。次に床です。板を張り、靴を脱いで上がる高さの床なら和様で、土間のままなら別の様式を疑います。窓は縦の桟を等間隔に並べた連子窓、扉は板扉で、桟唐戸は入りません。柱の上の組物だけでは決まりません。福井県の明通寺本堂では、この三つが正面でまとめて確かめられます。

どの様式に属するか

和様そのものが様式の名です。平安に形がまとまり、鎌倉以降も大仏様や禅宗様と並んで建て続けられました。新しい二つが入ったあとの和様は、細部を借りながら骨組みを保つ形へ進み、貫を増やした建物は新和様と呼び分けられることがあります。京都府の蓮華王院本堂は鎌倉の再建でありながら和様で通し、時代が下れば様式が入れ替わるわけではないことを示しています。

取り違えやすい相手

折衷様が相手です。細部が一つ二つ混ざった建物をどちらに数えるかは、書き手によって割れます。兵庫県の鶴林寺本堂や広島県の明王院本堂は折衷様として説明されますが、遠目に見る骨組みは和様そのものです。長押と貫のどちらが主かを数え、桟唐戸や花頭窓が入るかを足して見ます。数える対象は部材の種類であって、建てられた年代ではありません。境目に決まった線は引かれておらず、呼び分けはまだ定まっていません。

どこに立つと見えるか

正面の柱間と同じ高さの目線に立ち、長押の通り方を横へ追います。見上げる角度が強いと長押が軒の陰に入り、段の数が読めません。奈良県の興福寺北円堂は八角の堂で、外周を回ると長押が各面を巡る様子が続けて見えます。次に足元へ寄り、縁の高さと床の張り方を確かめます。京都府の蓮華王院本堂は長い建物で、端から端へ歩く時間の分だけ同じ柱間が繰り返されます。