金堂
塔と堂
時代: 飛鳥・奈良
本尊を据える中心の堂を、飛鳥から平安に開かれた寺で呼ぶ名です。同じ役目の堂が本堂とも仏殿とも呼ばれるため、形ではなく寺の系統で呼び分けます。
どんな建物・部材か
本尊を安置する伽藍の中心の堂で、飛鳥から平安に開かれた寺で使う呼び名です。奈良県の法隆寺金堂は重層に裳階が回り、同じ奈良県の唐招提寺金堂は前面の一間を吹放しにして列柱を見せ、寄棟造の大屋根に納まります。京都府の醍醐寺金堂、香川県の善通寺金堂と地方が変わっても呼び名は同じで、規模も屋根の形も一つに決まっているわけではありません。共通するのは伽藍の中での置き場所です。
見分けの決め手
堂そのものより、塔との位置関係を先に見ます。四天王寺式では中門から塔・金堂・講堂が南北の一列に並び、法隆寺式では塔と金堂が東西に並びます。薬師寺式なら金堂の前に東西二基の塔が立ちます。塔が前か横か、二基か一基かで伽藍の型が絞れ、五重塔が礎石だけになった寺でも読み取れます。福岡県の観世音寺のように、境内の平面図と標柱が手がかりになる場所もあります。再建で位置が動いた寺もあります。
どの様式に属するか
和様の古い層にあたります。奈良県の法隆寺金堂は雲斗雲肘木と呼ばれる彫りの深い組物で軒を受け、卍を崩した高欄が上重に回ります。同じ奈良県の唐招提寺金堂は三手先で深い軒を受け、奈良時代の和様が整った姿を見せます。近世に建て替えられた金堂もあり、京都府の醍醐寺金堂のように他所の堂を移して建てた例では、部材ごとに年代が違います。屋根の形と軒下の組物は分けて見ます。
取り違えやすい相手
同じ役目の本堂と、禅宗寺院の仏殿が相手です。三つは形の違いではなく、呼び名の違いです。後の時代に開かれた寺では中心の堂を本堂と呼び、禅宗の伽藍では仏殿と呼びます。寺がいつ開かれ、どの系統に属するかを押さえます。香川県の善通寺のように広い境内で堂ごとに呼び名が分かれる例もあり、現地の標柱と国指定文化財等データベースの指定名称が頼りになります。
どこに立つと見えるか
正面の中央から下がり、柱間を数えられる距離に立ちます。基壇の上に建つ堂は近づくほど軒に視界を取られ、屋根の形も柱の数も読めません。奈良県の唐招提寺金堂では前庭の端まで下がると、吹放しの柱列と寄棟造の大屋根が一度に入ります。朝のうちは軒下へ光が回らず、三手先の重なりが陰に沈むので、日が高くなってから軒下へ寄ります。香川県の善通寺金堂は参道の正面から全体が見えます。