スチールサッシ

窓と開口

時代: 明治以降

鋼の型材を組んでつくった窓枠です。木の建具より框が細く、広いガラス面と横に長い窓が可能になったため、昭和戦前の鉄筋コンクリート造にまとまって入りました。

どんな材料・造作か

圧延した鋼の型材を切り、隅を溶接やリベットで留めて組んだ窓枠です。木より細い見付けで同じ強さが出るため、ガラスの面を広く取れ、柱と柱の間を横につなぐ長い窓もつくれます。開き方は縦軸や横軸で回すもの、下だけを内へ倒すものがあり、鋳物の把手や締まり金物が付きます。打放しコンクリートやスクラッチタイルの壁と組んだ例が多い建具です。小さなガラスを桟で何枚にも仕切る割り付けが多く、その桟まで鋼で通ります。

見分けの決め手

枠の見付けの細さと、隅の納まりを見ます。木の建具は框が幅広く、隅は組手で噛み合いますが、鋼の枠は細い線で通り、隅に溶接の痕や小さなリベットの頭が残ります。塗り替えを重ねた層が厚く、錆が浮くと塗膜が粒状にふくらむのも鋼の枠に出る変化です。東京の明治生命保険相互会社本社本館や大阪の大阪ガスビルディングで見比べられます。枠と壁の取り合いにはモルタルが詰められ、隙間から錆の筋が垂れることもあります。

いつ頃のものか

大正末から昭和戦前の鉄筋コンクリート造に多く、事務所・学校・病院の窓へ入りました。京都の京都市役所本庁舎は1927年(昭和2年)、大阪の大阪ガスビルディングは1933年(昭和8年)、東京の明治生命保険相互会社本社本館は1934年(昭和9年)の竣工です。高度成長期にアルミサッシへ置き換わるため、鋼の枠が残っていれば当初の建具という見当が立ちます。学校では、廊下側と外側で建具の材が違う例もあります。

取り違えやすい相手

明治から大正の木製建具は框が太く、上げ下げ窓のように上下へすべらせるものが多く、金物も真鍮です。高度成長期以降のアルミサッシは枠が銀色で、押し出しのまま角が立ち、古い建物にアルミの枠が入っていれば、その建具は後補と読めます。ステンレスの枠も戦後の改修で入りますが、鋼のように錆が浮いて塗膜を持ち上げる出方はしません。木の枠を鋼へ入れ替えた窓では、壁の開口の形だけが古いまま残ります。