鎧戸

窓と開口

時代: 明治以降

窓の外側に立てる、羽根板を斜めに並べた戸です。日差しと吹き込む雨を切りながら風は通す造作で、開いたまま壁へ留める金物の位置に、元の使い方が残ります。

どんな材料・造作か

框の中に細い羽根板を斜めに並べ、窓の外側へ吊る戸です。羽根が外へ下がって傾くため、直射と吹き込む雨を切りながら風は抜けます。多くは木製で、二枚を左右へ開き、壁に打ったあおり止めの金物で押さえます。兵庫の旧ハッサム住宅は、外壁の下見板張とベイウインドウとともに鎧戸が挙がる建物で、上げ下げ窓の外側に立つ位置関係がよく分かります。羽根は框へ差し込んで並べ、角度が固定のものと、内から動かせるものがあります。

見分けの決め手

壁に残る金物を先に探します。開いた戸を留めるあおり止めは窓の左右、腰から上の高さに一つずつ付き、閉じたときの掛け金は中央の合わせ目に来ます。羽根の隙間まで塗膜が回り込んで固まっている戸は、長く動かしていない飾りです。長崎の旧グラバー住宅のように、ベランダを回した居留地の住宅では、開口の外側へ戸を立てる構えが早い時期から見られます。戸の幅は窓の半分ずつで、二枚を合わせて開口をちょうど覆う寸法に作られます。

いつ頃のものか

幕末の居留地住宅から入り、明治以降の洋館と擬洋風建築の双方へ広がりました。兵庫の旧ハッサム住宅は1902年(明治35年)の竣工、長崎の旧グラバー住宅は幕末の建設です。同じ下見板張りでも、北海道の旧函館区公会堂の説明で挙がるのは桟瓦葺の屋根と屋根窓で、鎧戸が残るかどうかは建物ごとに違い、指定説明や修理報告書で確かめられます。戦後の改修でアルミの雨戸へ替えられた窓も少なくありません。

取り違えやすい相手

雨戸は板を平らに張った戸で、羽根の段が無く、使わないときは戸袋へ引き込みます。ガラリ戸も羽根を持ちますが、床下や便所の通気のために壁へはめ込む小さな建具で、窓の外へ吊りません。後から付いた金属シャッターは、巻き取る箱が窓の上に出ます。動かない飾りの鎧戸は蝶番が壁へ直に留められ、掛け金の受けが無いことが多い造りです。窓の内側に立つ障子や板戸も別で、外から見えるかどうかで切り分けます。