ひまわり
ポスト印象派
フィンセント・ファン・ゴッホ/1888年
どんな絵か
素焼きの壺に挿した15本のひまわりだけを描いた縦長のカンヴァス。大きさは縦92cm×横73cm。背景も机も花もすべて黄色で、影らしい影がほとんど無い。咲いた花と、種になって枯れかけた花が同じ束に混ざっている。
どこを見るか
花束を真ん中に据えた日の丸構図。見どころは黄色の中で黄色をどう分けているかで、背景の淡い黄、壺の下半分の濃い黄、花芯の茶色と、明度の差だけで前後が決まる。輪郭は青い線で締められ、花が背景から浮き上がる。
使われている技法
カンヴァスに油彩。19世紀に広まったクロムイエローを使い、絵の具を厚く置いて花びらを一枚ずつ立ち上げている。壺の帯には「Vincent」とだけ署名がある。クロムイエローは光で褐色に変わりやすいことが調査で分かっており、今は制作時より鈍いと考えられている。
描かれた背景
1888年8月、アルルで4点まとめて描かれた連作の一つ。ゴーギャンを迎える「黄色い家」の装飾として描かれたと、本人の手紙から説明される。翌年には同じ構図の描き直しも作られ、いま美術館で見られるのは全部で5点。背景まで黄色のこの版はロンドンのナショナル・ギャラリー蔵。
解説動画: ひまわりが何枚もある理由と、その行き先/山田五郎 オトナの教養講座
何枚あって、どこにあるか: 花瓶に挿したひまわりは全部で7枚知られていて、日本の芦屋にあった1枚は戦時の空襲で焼失し、もう1枚はアメリカの個人蔵で見られないと整理する。今見られるのは残る5枚。1888年8月に実物を見て描いたのはロンドンとミュンヘンにある2枚で、背景が黄色い版と青みがかった版の2種類。ほかは自分の絵を見ながらの自己模写で、新宿にある1枚もその一つだという。
なぜ何枚も描いたのか: アルルで借りた黄色い家に、パリから画家仲間を呼んで芸術家の共同体をつくろうとしていて、その食堂をひまわりの絵で飾りたいと手紙に書いているという。ひまわりは太陽のほうを向く花なので、常に光を追いかける芸術家の象徴と見て、集まる仲間の数だけ描こうとしていたのではないか、キリストの十二使徒になぞらえた枚数だったのではないか、という説を紹介している。
なぜアルルだったのか: 浮世絵を油絵で模写するほど日本の美術が好きで、パリでは日本美術を扱う店に入り浸って買い集めていたと述べる。その明るい色から日本は光あふれる南国に違いないと思い込み、同じ光を求めて1888年2月に南仏アルルへ向かった。着いた年は異常気象で雪が積もっていたが、これは日本の雪景色だと言い張り、アルルは日本だと言い続けたという。
一人になってから描き直した: 仲間は誰も来ず、弟テオが費用を全部持つと頼み込んでようやくゴーギャンが10月23日に来たが、1か月ほどで揉め始め、12月23日に耳を切る事件が起きる。翌1月、誰もいなくなった家に戻って一人で自作のコピーを描いたのがアムステルダムとフィラデルフィアの版だという。何枚も描いたのは果たせなかった共同体の夢を追い続けていたからだと結論づけている。