ラファエル前派
近代(19世紀)
1848〜1870年ごろ/イギリス
どんな様式か
ラファエロ以後のアカデミーの型を捨て、それより前の初期ルネサンスへ戻ろうとしたイギリスの若い画家たちの運動。文学や聖書の一場面を、草の一本まで実物どおりに描く。写実主義と同じころだが、主題はきわめてロマン的。
見分け方
まず画面の隅々までピントが合っていることに気づく。手前の草も奥の枝も同じ細かさで、写真でいえば被写界深度が極端に深い状態。色は宝石のように鮮やか。白い下地が乾かないうちに透明な絵の具を薄く重ねる描き方によるもので、暗い部分も濁らない。
いつ、どこで
1848年のロンドンで、ミレイ、ロセッティ、ハントら七人が「ラファエル前派兄弟団」を結成し、作品に頭文字のPRBと署名した。自然に忠実であれという批評家ラスキンの主張が後押しになっている。団体自体は数年で解散するが、影響は世紀末まで続いた。
代表的な画家
ジョン・エヴァレット・ミレイ(オフィーリア)、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハント。後にはバーン=ジョーンズやウォーターハウスへ受け継がれた。ミレイは川べりに何か月も通って背景を写生し、人物は後から室内で描き足している。
解説動画: ラファエル前派という名前が意味していること/美術おじさん 山田五郎【公認切り抜き】
どういう集まりだったか: 1848年のイギリスで、王立美術アカデミーの附属学校に通っていたミレイ、ロセッティ、ハントら七人が結成したサークルだと説明している。英語ではラファエル前派兄弟団。兄弟団と名乗るくらいで、アカデミーとはずっと対立していた集まりだったと言う。
なぜラファエロの名前が付くのか: ラファエルとはラファエロのことで、ルネサンス絵画を確立した古典絵画のお手本とされてきた人。その古典は自然を理想化する描き方で、どこにもいないような理想的な人物を描く。それに対して自然はありのままに描くべきだ、その古典のせいでむしろ西洋絵画はだめになったのではないか、という反古典主義がまず一つの要点だと説明している。
「前」はどこへ戻ることか: ルネサンスの前はゴシックの時代で、そのころまで美術と工芸は一体の職人仕事だったと言う。暮らしの中で役に立つ職人仕事としてのアートを取り戻そうというゴシック・リヴァイヴァルの流行がちょうど当時起きていて、だから前に戻ろうという名前なのだと説明している。
後押しになったラスキン: フランスより美術が遅れていたイギリスで始まった反アカデミーの運動で、思想家であり美術評論家でもあったラスキンの影響が大きいと言う。1843年から『近代画家論』を刊行し、自然を理想化せずありのままに描け、ゴシックの精神に戻れと繰り返していた。学生だった彼らはそれに影響されて兄弟団を作り、ラスキンも彼らを応援したと説明している。